海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

はちどり/House of Hummingbird

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1990年代の韓国を舞台に、思春期の少女の揺れ動く思いや家族との関わりを繊細に描いた人間ドラマ。本作が初長編となるキム・ボラ監督が、自身の少女時代の体験をもとに描き、世界各地の映画祭で数々の賞を受賞した。94年、空前の経済成長を迎えた韓国。14歳の少女ウニは、両親や姉兄とソウルの集合団地で暮らしている。学校になじめない彼女は、別の学校に通う親友と悪さをしたり、男子生徒や後輩の女子とデートをしたりして過ごしていた。小さな餅屋を切り盛りする両親は、子どもたちの心の動きと向き合う余裕がなく、兄はそんな両親の目を盗んでウニに暴力を振るう。ウニは自分に無関心な大人たちに囲まれ、孤独な思いを抱えていた。ある日、ウニが通う漢文塾に、不思議な雰囲気の女性教師ヨンジがやって来る。自分の話に耳を傾けてくれる彼女に、ウニは心を開いていくが……。(https://eiga.com/movie/92566/より)

9.4/10.0

青春の持つ戻れない煌きと、女性の視点から見た社会の不条理さ、それぞれをしっかりと両立させフィルムに収めた傑作映画だ。

中学2年生の少女ウニを取り巻く様々な年代の女性が劇中に登場し、出会いと別れの中でウニは成長していく。
本作を象徴するのが、劇中で出てくる漢文「相識満天下 知心能幾人」だろう。
「顔は知っていても、心まで知っている人は何人いるだろう」という意味だが、まさに今の世の中に通ずる問いかけでもある。

主人公のウニは、周囲からあまり関心を持たれない。餅屋を経営する両親は始終忙しそうにしているし、クラスでも浮いた存在になっている*1。だからこそ、心を預けられる人を静かに渇望している。

心の拠り所は、愚痴を言い合ってはちょっとした悪さをする他校の親友と、上記の漢文を教えてくれた塾の先生である女子大生だ。この3者の関係性はとても面白いが、物語の核心に触れてしまうため触れないでおきたい。

この映画ではウニは、というか女性は多くの不条理にあって生きていることが描かれる(奇しくも、日本でもベストセラーとなった『82年生まれ、キム・ジヨン』と時代を同じくしている)。
家では長男をあからさまに父親が優遇しており、長男はそのプレッシャーからかウニに暴力を振るう。
父親は店を母親に任せては浮気をしているようで、ウニと付き合っている彼氏も別の女の子と付き合っていたりする。

身勝手で威張るだけのどうしようもない男たちを突き放すのは簡単だが、この映画の「まなざし」は彼らにも向けられる。
ウニの手術で後遺症が残るかもしれないと知ると、本人以上に怖がって泣き出す父親や、「とある事故」の報道を知り泣きじゃくる長男。
家父長制ゆえの抑圧の中で、男たちの脆さを描くのは、監督の優しさであろう。

そしてこの映画はリズムが非常に特徴的だ。映画内で語られる話がどこか断片的で、いちいち「オチ」が付かないのだ。

例えば高圧的な担任の教師が急に紙を配り「タバコを吸っている、カラオケに行っている不良生徒の名前を書け」と言うシーンがある。
ウニはカラオケに行っている描写があり、クラスに馴染めず浮いた存在になっている。
ならば続くシーンでクラスメイトに告発されて説教を受けてもおかしくないのだが、特に顛末が語られることなく別の話に移ってしまう。

それだけ思春期の少女の日常は目まぐるしいことを表現しているのだろうか、それゆえに取り上げたいエピソードが他にも多くあるが、本編の映画に委ねたいと思う。

静かではあるが矢継ぎ早に物語が紡がれる、非常に濃密な140分間を体感できた。
淡い色使いのショットと、アンビエントサウンドの劇伴も素晴らしかったことも書き加えたい。

韓国映画というと「バイオレンス」「サスペンス」が真骨頂と思われがちだが、子どもを主人公にした傑作映画が多い。リンク先もオススメの映画。小学生が主人公です。

*1:休み時間に机で突っ伏しているのが切ない