海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

焼肉ドラゴン

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血と骨」など映画の脚本家としても活躍する劇作家・演出家の鄭義信長編映画初メガホンをとり、自身の人気戯曲「焼肉ドラゴン」を映画化。高度経済成長と大阪万博に沸く1970年代。関西のとある地方都市で小さな焼肉店「焼肉ドラゴン」を営む夫婦・龍吉と英順は、静花、梨花、美花の3姉妹と長男・時生の6人暮らし。龍吉は戦争で故郷と左腕を奪われながらも常に明るく前向きに生きており、店内は静花の幼なじみの哲男ら常連客たちでいつも賑わっていた。強い絆で結ばれた彼らだったが、やがて時代の波が押し寄せ……。店主夫婦を「隻眼の虎」のキム・サンホと「母なる証明」のイ・ジョンウン、3姉妹を真木よう子井上真央桜庭ななみ、長女の幼なじみ・哲男を大泉洋がそれぞれ演じる。(https://eiga.com/movie/88536/より)

 9.3/10.0

前知識なく映画のポスターを見たときは、タイトルのインパクトもあってナンセンスギャグ映画なのかと勘違いしていたが、予告があまりにも素晴らしかったので観に行ったら大正解。
惜しいのが、テーマに通ずるものがある『万引き家族』と公開時期が被ってしまったことだろうか。*1

ただ、『万引き家族』の通奏低音が「悲しみ」なのだとしたら、あくまでこの映画は「明るさ」がベースにある。こういうディープなテーマに切り込みつつも笑えるし、時にはガチで泣ける邦画って、近年では珍しいのではないだろうか。

www.youtube.com在日韓国人の家族が切り盛りする焼肉屋で巻き起こる人情コメディ」である本作は、実際に韓国人俳優を所々で起用しているのだが、そのせいか感情表現のアクションがまんま韓国映画のそれだ。韓国映画好きならわかると思うが、あのリアクションはすごい映画のシーンとして映える。
韓国映画のエモさと、日本映画(の、特に人間ドラマ)の情緒がうまくミックスされた一本だと思う。

それでもやはり注目したいのは、60〜70年代当時の在日韓国人を演じる日本の俳優陣。
おそらく細かな韓国人らしい演技指導があったのだろう。大げさな感情表現を交える演技はとても映画的で見応えがある。

特に、個人的に素晴らしいと思ったのは井上真央! あまり好みの女優ではなかったんだけど、この人、不機嫌な顔の演技させたら天下一品だと思う。
大泉洋演じる高学歴ニートへの切れ演技はどれも最高だった(彼女の心中を察すると、少し悲しくもあるんだけども)。

一部で取りざたされているこの映画の「反日バッシング」についてだが、まぁ色眼鏡で見てしまうと万引き家族』すら反日映画とされるネトウヨ界隈に何を言っても無駄と思いつつも、この映画の本質はそこではない。と言っておきたい。

この作品で描かれているのは、住む故郷を失くした家族たちの奮闘の日々であり、結果的に「日本的なシステム」に対抗するシーンがあったとしても、それは「日本憎し」の感情からくるアクションではない。
あくまで、「自分たちの環境を乗り越えるための手段」であることを強調して描いている。

例えば、末っ子長男である時生は、日本の私立中学に通っている。
いじめられる日々が続き、「韓国人学校に通わせればいい」と言う母親の意見を、父親は「日本で育って生きて行く以上、日本の教育システムで育てるのが一番良い」と言って聞かない。

これも、彼らなりの「闘い」の一つなのだ。
故郷すらも追われてしまい*2、韓国にいた当時は幼かった井上真央は、日本語しか話せない。
そのような身が引き裂かれるような立場の中、体一つで立ち上げた焼肉屋も、行政からの立ち退き指導が入る。社会の枝葉として取り残されてしまう悲しさは、彼らと出自が異なる人が観ても必ず胸を打つはずだ。

個人的に一番好きなのが、龍吉と時生が食材調達用のリアカーを返すシーンだ。
国有地ということで空港が間近に建てられた「焼肉ドラゴン」のある貧乏長屋は、飛行機の飛び交う音が常にうるさい。

リアカーを返す道すがら、この親子は飛行機の離着陸の騒音に合わせて「アーーーーーッ!!!!」と叫んで走る。*3
騒音が鳴り響く状況を、「大声を上げても咎められない環境」であると解釈し、難儀な日々をポジティブに生きようとする姿勢。
この家族のたくましさを象徴的に描いた美しいシーンの一つだ。

*1:一般客がこんな短スパンに映画を観に行くとも思えないので。

*2:後半の若干のネタバレになってしまうが、この作品は敢えて言うなら「反韓」要素の方が濃い

*3:時生はいじめが原因で言葉が喋れなくなり、「アー」としか発せられない