海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

もののけ姫〜エボシ御前考

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当時の日本映画歴代興行収入第1位を記録した宮崎駿監督、原作、脚本の劇場用アニメーション作品。舞台は室町時代の日本。タタリ神にかけられた呪いを解くため西方へ旅立った少年アシタカは、人間でありながら神々の側につくもののけ姫と呼ばれる少女サンと出会う。アニメーション作品として初の日本アカデミー賞最優秀作品賞の受賞をはじめ、様々な国内の映画賞を受賞した。(https://eiga.com/movie/30139/より)

9.9/10.0

・はじめに

小学生の頃見て以来なので、かれこれ二十年ぶりの鑑賞だったが、あの頃よりも強い印象の残る大傑作映画だった。
今更なのだが、宮崎駿表現者としての凄まじさや先見性を実感した。

小学生当時、僕ははこの映画を「グロめのボーイミーツガール」くらいの認識でしか観ていなかったが、物語を紐解くと、特に人間関係がかなり複雑な構造をしている。

どのキャラクターも魅力的だが、今回再鑑賞して特にエボシに心を惹かれた。話の筋だけを追えば、彼女は本作最大のトラブルメーカーゆえにヘイトを集めやすいキャラクターだ。しかし彼女の行動をよくよく観ていくと、悪役と言い切れない部分がある。
というか、彼女はアシタカと双璧をなす人間愛に満ちた人物であるというのが僕の解釈だ。

そこで本記事では映画全体の感想と言うよりも、エボシの持つ魅力について書いていきたいと思う。

・描かれる差別構造

大和民族に迫害されたエミシ一族=アシタカ

本作で描かれる人は、多くが差別構造の中で生きている。*1

説明的なセリフがほとんどないので、本作はキャラクター同士の会話から本作の世界を読み解くしかないのだが、まずアシタカはエミシ(蝦夷)の一族であることが冒頭で語られる。村の人間が「ヤマトに追われた」と話している通り、彼らは天皇を頂点とし生きている「大和民族」に迫害された人々なのだ。

身売りされた女性を受け入れるエボシ

対するエボシ御前も被差別者だ。
そしてそれこそが、エボシを単純に「悪役」とラベリングできない理由でもある。
彼女は身売りされた女性たちを買い取りたたら場で働かせることで、彼女たちをコミュニティにおける経済の中心に据えている。推測だが彼女自身も身売りにあったからこそ、たたら場のようなコミュニティを作ったのだろう。
一方男たちは、女が作った鉄を市場まで運び物資へと変える役割を任されるのみで*2、コミュニティでの肩身が狭い。
家父長制著しい社会で虐げられてきた女性*3に活躍の場を設けることで、エボシは「社会における差別構造」を炙り出している。
このようなコミュニティを構築した彼女は極めて聡明なフェミニストで、20年以上経った今でも先進的なキャラクターであると感じた。

さらに、エボシはついこの前まで差別の対象であった「ハンセン病患者」たちにも手を差し伸べている。*4
「女」や「ハンセン病患者」という社会の中で虐げられている人たちを救うエボシは、だからこそコミュニティ内では尊敬を集め英雄視されている。

そう考えると自然を壊したたら場を作ったのも、「日本」という枠組みから追いやられた人たちに居場所を作るため「やむなき行為」だったのだろうと推測できる。
エボシは自然破壊を悪びれない。だがこのように良識のある彼女に、自然を壊すことへの葛藤がなかったと言い切れるできるだろうか。
もしコミュニティを納める彼女が、部下たちに自然破壊への「迷い」を見せてしまったら、コミュニティ全体のモチベーションに差し障る。あえて気丈に振る舞うことで守るべき人間たちを鼓舞する、一見冷淡に見える態度には、そうした想いが見え隠れする。

・エボシの抱える矛盾

「鉄の流通」という矛盾

そしてエボシが魅力的に感じるのは、彼女が「矛盾」に満ちた非常に人間臭い人物だからだ。*5
例えばたたら場で作られた鉄は、市場に出回り、やがて彼女たちを迫害した「ヤマト」の刀や鎧になるのだろう。
事実劇の終盤でたたら場は、エボシの留守中に侍たちに襲われてしまう。それでも飯を食っていくために、エボシは敵に物資を送り込んでいるのだ。

敵の命令に従う矛盾

さらに彼女は大和民族の頂点たる「ミカド(天皇)」からの命令をうけ「シシ神殺し」を画策する。
勅令を持ってくるジコ坊も神殺しに十分なスキルを持っているはずだが、「神殺しによるリスク」を恐れているため直接手を下すことはしない。
そんな「穢れた行為」を請け負うエボシ自身、そのリスクを知らないはずはない。
だが彼女は敵の親玉からの命令で自分の住まう土地の神を殺す。これは推測になるが、彼女は敵に従う屈辱よりも、神を殺すことで得られるリターンを取ったのだろう。

社会において矛盾を抱えていない人間などいない。ファストファッションビジネスが途上国の人を搾取していることを知っていても、ユニクロの利便性には抗えないし、体に悪いと知りながらもハンバーガーを頬張ってしまう。*6

だからこそ、矛盾と知りつつも罪を背負う覚悟でいるエボシの姿勢には、強烈に惹かれるものがあるのだ。
そんな彼女の行動の本質をアシタカも理解したからこそ、物語のラストでたたら場で暮らすことを選んだのだろう。

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こうやって書いていくと、ジブリは善悪の話ではなく、イデオロギーの対立をずっと描いてきたんだなぁと感じた。
しかし単純明快な物語でないのに、日本トップクラスの興行収入を叩き出しているのはすごい不思議だ。電通マーケティングのおかげなのだろうか?

*1:「日本は単一民族国家だ」と言う人が一定数いるが、本作はその言説を明確に否定している

*2:まぁ、その道中に命の危険にさらされるので危険な仕事ではあるのだが

*3:それこそ口減らしで身売りまでされているのだ

*4:ハンセン病患者であることはWikipediaを参照しました。

*5:余談だが宮崎駿自身も鈴木敏夫から「戦争嫌いなのに、戦闘機マニアであること」が矛盾とたびたび指摘されている。

*6:エボシの持つ矛盾と比較すると、だいぶスケールが小さくて恐縮だが