海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

ファーザー/The Father(2020年,フロリアン・ゼレール監督)

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名優アンソニー・ホプキンス認知症の父親役を演じ、「羊たちの沈黙」以来、2度目のアカデミー主演男優賞を受賞した人間ドラマ。日本を含め世界30カ国以上で上演された舞台「Le Pere 父」を基に、老いによる喪失と親子の揺れる絆を、記憶と時間が混迷していく父親の視点から描き出す。ロンドンで独り暮らしを送る81歳のアンソニー認知症により記憶が薄れ始めていたが、娘のアンが手配した介護人を拒否してしまう。そんな折、アンソニーはアンから、新しい恋人とパリで暮らすと告げられる。しかしアンソニーの自宅には、アンと結婚して10年以上になるという見知らぬ男が現れ、ここは自分とアンの家だと主張。そしてアンソニーにはもう1人の娘ルーシーがいたはずだが、その姿はない。現実と幻想の境界が曖昧になっていく中、アンソニーはある真実にたどり着く。アン役に「女王陛下のお気に入り」のオリビア・コールマン。原作者フロリアン・ゼレールが自らメガホンをとり、「危険な関係」の脚本家クリストファー・ハンプトンとゼレール監督が共同脚本を手がけた。第93回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、助演女優賞など計6部門にノミネート。ホプキンスの主演男優賞のほか、脚色賞を受賞した。(https://eiga.com/movie/94427/より)

9.5/10.0

クソみたいに最悪な緊急事態宣言下の中、一部映画館の英断によって本作をスクリーンで観れたことに感激してしまった。
クラスター事例もない映画館への根拠なき自粛要請には断固として反対したい。

閑話休題アンソニー・ホプキンスの2度目のオスカー受賞作ということで楽しみにしていた本作だが、事前知識を極力入れずに鑑賞すると、一件静かな佇まいの作品に思えるが、強烈なパンチを観客に放つ一本だった。
観賞後に本作を思い返すとある種の虚脱に襲われる。

※以降、ネタバレが苦手な方はご遠慮ください(ただ、上記のあらすじにも展開は触れられています)。

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本作は物語の始まりこそ、娘のアンによる介護の苦悩が描かれるような雰囲気であるが、観進めていくと主人公のアンソニーの悪化していく認知症追体験していくような映画となっている。

例えば娘アンの歴代のボーイフレンドの混同。アンソニーは自分の記憶に整然とした時系列が存在しないため、過去のボーイフレンドとの会話を今起きたかのように反芻してしまうし、映画としてもあえて観客を混乱させるようなつくりで観せることで、この「記憶の混同」を描き出している。

肝心の娘の姿形も覚えられない状況も多々あり、その時は実際に違う女優がアンとしてアンソニーと会話を交わしていく。明くる日は違う女性が自分の娘として家にやってくるので、観ている側からするとほとんどホラー映画である。

全てがアンソニーの自宅で繰り広げられる会話劇であるのに、この「記憶の混同の演出」によって劇中はひたすらスリリング。「一体、どれが本当の記憶なの?」と混乱しながら観ていくと、ついに「自宅すら自分の家でなく、実はアンの家だった」という強烈なオチが待ち構えている。
アンソニーはロンドンに家(フラット)を持ったことが非常に誇らしく、自らの心のよりどころとしていた。その家すら、実はもう独力での生活は困難であるため引き払ってしまっていたのだ。

ここの演出もひたすら強烈。アンソニーはいわゆる「まだらボケ」なのだが、アンの前夫に暴言・暴力を振るわれた過去もあるようで、その記憶も日々の延長で繰り返され、思わず泣き出してしまう。

「自宅」のセットもアンソニーのかつての自宅、アンの家、通っている病院が全く同じ間取りであることでより混乱をきたす。実際には別の間取りであるのだろうけど、記憶が薄れているアンソニーにとっては全て同じ「自宅」であることを表現しているかのようだった。

そしてその「家」が最後にどうなってしまうのか……。物語の終わらせ方も非常に秀逸で舌を巻く。

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