海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

夜明けのすべて(三宅唱監督,2024年)

「そして、バトンは渡された」などで知られる人気作家・瀬尾まいこの同名小説を、「ケイコ 目を澄ませて」の三宅唱監督が映画化した人間ドラマ。

PMS月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。

NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」で夫婦役を演じた松村北斗上白石萌音が山添くん役と藤沢さん役でそれぞれ主演を務め、2人が働く会社の社長を光石研、藤沢さんの母をりょう、山添くんの前の職場の上司を渋川清彦が演じる。2024年・第74回ベルリン国際映画祭フォーラム部門出品。(https://eiga.com/movie/98942/より

9.9/10.0

きみの鳥はうたえる』『ケイコ 目を澄ませて』など、撮る映画に一切のハズレがない三宅唱監督の最新作になるわけだが、相変わらずこちらの期待を上回る作品を届けてくれたことに感謝したい。

まず、主演の二人の演技が素晴らしい。
PMSという病を初めて知ったのだが、上白石萌音が演じることでそのリアリティが克明に描かれているように感じた。
普段ならスルーできるイライラを発症時は爆発させてしまうわけだが、彼女のような一見おとなしく真面目そうな女性に対して、実は社会は色々と配慮が不足していることが見えたりする脚本は見事。

もちろん松村北斗の演技も言うことなし。
学生時代から優等生として過ごしてきた雰囲気を漂わせながらも、パニック障害を抱える青年を見事に演じていた。
前職がやり手のコンサルファーム企業で、今は社員10名にも満たない町工場「栗田科学」で勤めている自分へのフラストレーションなどを安易な説明セリフで表現することなく、何気ない身振りや態度で観客に伝えていた。

脚本や物語の構造も非常に巧みで、極めて平凡な日常が描かれているにも関わらず、物語の先やこの映画の世界の中がどんどん気になる構成となっている。

例えば山添くんはなぜ栗田科学に勤め出したのか、山添くんの前職の上司はなぜそこまで親身に相談に応じるのか、など「劇中のちょっとした疑問」は説明パートを持たずに物語の中で緩く観客に気付かせるようにしている。
この辺りのテクニック(といってしまうと野暮なのだが)は「三宅節」と言って良いくらい監督の特徴的な作風で、今作でも冴え渡っていた。

現代社会を舞台に人間ドラマを描くのであれば、本作がその最高峰と言ってしまって差し支えないのではないかなと思う。
細かいことは気にせず、とにかく劇場に足を運んで欲しい。

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