海辺にただようエトセトラ

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本気のしるし 劇場版(2020年,深田晃司監督)

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「淵に立つ」「よこがお」の深田晃司監督が星里もちるの同名コミックを連続ドラマ化し、2019年放送された作品を劇場作品として再編集したサスペンス。退屈な日常を送っていた会社員の辻一路。ある夜、辻は踏み切りで立ち往生していた葉山浮世の命を救う。不思議な雰囲気を持ち、分別のない行動をとる浮世。そんな彼女を放っておけない辻は、浮世を追ってさらなる深みへとはまっていく。辻役を「レディ・プレイヤー1」「蜜蜂と遠雷」の森崎ウィン、浮世役をドラマ「3年A組 今から皆さんは、人質です」「連続テレビ小説 べっぴんさん」の土村芳がそれぞれ演じ、宇野祥平石橋けい、福永朱梨、忍成修吾北村有起哉らが脇を固める。新型コロナウイルスの影響で通常開催が見送られた、2020年・第73回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション「カンヌレーベル」に選出。(https://eiga.com/movie/93252/より)

9.5/10.0

前情報なしで、昨年放映されていたドラマ版の評判がとても良かったという話を聞きつけ劇場版を鑑賞。
ドラマ全10話をコンパクトにまとめたのかと思ったら、総尺は232分(1回休憩あり)。
しかし中だるみを一切感じさせずに夢中になって観終えることができた。元のドラマ版を観ていないからなんとも言えないが、ドラマは話の終わりが次の話への「つなぎ」となっていないといけないので、その「つなぎ」が本作のテンポにも上手く生かされて、時間を感じさせなかったのかもしれない。

本作はどこか儚げな、自然と手を差し伸べたくなるいわゆる「魔性の女」に、スリルのない人生に退屈した主人公がのめり込んでいく物語であるが、本作の原作者(と、映画スタッフたち)はその構造を見事に逆手に取り、「誰が人の主体性を奪っていくのか」を観客に見せていく。
観ているこちらの価値観が揺るがされて再構築されたような感覚を味わい、非常に意義深い4時間を映画館で過ごせたと思う。

しかしそういった真意を分からず観ていた前半の2時間は、非常にストレスフルな内容だった。
あらゆる態度に「んなもん断れよ!」と突っ込みたくなるヒロイン=浮世の言動には、多くの人がイラつくのだろうと思う。
対する主人公=辻も煮えきらない態度で複数の女性と関係をズルズル続ける八方美人野郎で、こちらへの感情移入も難しい。

そんな二人の付かず離れずを見せられるので「勝手によろしくどうぞ」という感想しか浮かんでこないのだが、物語が進むにつれ、すでに書いたようにこちらの考えがどんどん改まっていく。

後半の序盤で、辻が浮世を古くから知る女性に会って彼女の過去を知るシーンがある。
そこで明らかになる「主体性の搾取」の構造は、おそらくこれまで社会で生きている人の多くも加担しているものではないかと思う。

断れない人間を見定めては、相手の善意に訴えて主体性を奪い、最終的には「自己責任」と相手に押し付けるような行為。
この構造下で被害に遭うのは、大抵が社会的に立場の弱い女性だろう。
そのように搾取をされ続け、無意識に他人のご機嫌取りをしてしまうような女性を「魔性の女」と呼んでしまう……。歪んでいるのは彼女たちではなく、こういった社会を作り上げてしまった自分たちなのではないか、とゾッとさせられる。

鑑賞し始めは全く感情移入できなかったのに、物語が進むにつれて主人公たちの幸せを願ってしまっている自分の現金さにも我ながら呆れたが、こういう映画体験を年に1-2回味わえるのはたまらない。

www.youtube.comフェミニズム映画」としても観られる本作が、20年前の青年誌『スペリオール』で連載されていたことも驚きだ。原作も電子書籍で購読中だが、絵や設定の派手さを競わず、「人物」を徹底して描く姿勢に痺れる。
勝手なイメージだが小学館はこういう堅実な作家を粛々と育てているイメージ。もっと売り出すべきかと。