海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

ジェシカ『SHINE』(河出書房新社,2020年 )

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K‐POPスターを目指す少女のサクセスストーリー!18歳のアメリカ出身の韓国人のレイチェルは、韓国最大のK‐POPレーベル、DBエンターテインメントにスカウトされ、練習生として厳しいレッスンを受けている。練習生のルールは簡単。24時間・365日トレーニングをすること、いつでも完璧であること、恋愛をしないこと。レイチェルと練習生仲間は毎日厳しいレッスンや競争を重ねながら、最新ガールズグループとしてデビューする日を夢見ていた。そんなある日、K‐POP界のトップスター、ジェイソンと出会い、彼とのデュエットによってデビューへのチャンスをつかむ。でも、セクシーで才能豊かなジェイソンにどんどん惹かれていく自分に、スターを目指すレイチェルは危機感をつのらせ…。K‐POP界伝説のガールズグループ「少女時代」の元メンバー、ジェシカ・チョンが、華やかだけどシビアでリアルなK‐POP界のサクセスストーリーを描いた初小説(https://www.amazon.co.jp/Shine-%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%B3-%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%B7%E3%82%AB%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%B3/dp/4309208088より)

7.0/10.0

元少女時代ファンかつジェシカを最も推していた身として、謎の義務感にかられて手に取った本書。

事前の報道では

  • 「かつてのメンバー(少女時代)への誹謗中傷」
  • 「フィクションの皮を被った告発」

という指摘(というかほぼ批判)が飛び交っていたので恐る恐るページをめくったが、良くも悪くも物語の本筋はティーンガール向けのキラキラとした内容で、ある意味表紙のイメージ通りの世界であった。

正直その恋のサヤあて的なくだりは、三十路男が読むのはかなり辛い部分はあるが、読み進めていくと「女性(アイドル)の不遇」に徐々に焦点が絞られていき、なるほど10代の少女が本書を通してフェミニズムを知っていく足がかりにもなり得るのかな、と感じた。

あくまで本書はフィクションなので、この本に書かれていることがどこまでSMエンタで行われているのかは分からないが、パッと思い返しても「男性優位」を指摘する描写が目立つ。以下に思い出せるだけ列挙する

  • 会社の役員はほとんどが男性。つまりは「おっさん基準」で少女たちは常に審査される
  • 男性アイドルはファーストフードを食べてもお咎めなしだが、女性は体重をグラム単位で管理
  • アイドル同士での恋愛スキャンダルは男性が被害者として報道させる(=女性がたぶらかした体で報道され、立場を追われるのは女性側)

ゆえに、恋仲になっていくカリスマアイドルのジェイソンと、事務所にとってはいつでもクビを切れる練習生の主人公レイチェルのカップルは、互いの「恋愛関係になることへの危機感」が根本的に相容れないことが印象的に描写される。
奇しくも先日観た映画『本気のしるし』でも全く同じ展開があったので、これはアイドル業界/国に限ったことでなく、今の社会で起きている女性への冷遇なのだろうなと強く感じた。

そんなこんなで色々と考えさせられる要素を多分に含んだ小説だが、物語としては消化不良な部分も多い。
レイチェルの事務所内における唯一の親友でもある日本人のアカリへの接し方が、途中からなおざりになっていく描写がとても雑。お互いに意地悪なガキ大将的練習生のことを愚痴りあっては切磋琢磨した仲なのに、後半から急にフェードアウトして、かなり不遇なラストを迎えていて気の毒。

そして致命的なのが、レイチェルにとって目指すアイドル像が具体的に見えてこない点だ。例えばアイドルにとって欠かせない存在は「ファン」だと思うが、レイチェル自身に「ファンを大切にしよう」という発想がほとんどない。というか、「ファン」と言う概念が彼女自身になさそうだ。
もちろんデビュー前の少女にそういう意識が芽生えていないことは仕方ないことかもしれないが、レイチェル自身がアイドルに憧れている割には、「ファンとの絆を育む」とか「ファンとの関係性」に関する思想が描かれない。
今の成功しているアイドルたちは、どれだけビッグネームになろうと、ファンとの関係性を何よりも大切にしている。

これは、ジェシカ自身の思想が色濃く反映されているのかもしれない。それならそれで構わないが、物語の舞台が現代である以上、そう言った考えを持たないアイドルが今後大成していくとしたら説得力に欠ける。

これらの物語上の消化不良はもしかすると続編ありきの伏線とも取れるが、これ以上レイチェルの物語を読みたいかと言われると微妙の一言。*1

ただ前半で書いたようにティーンの少女がフェミニズム的な視点を持つ小説としては、優れていると思う。

*1:そもそも、30オーバーの男の読者はお呼びじゃないと思うけど