海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

石井妙子『女帝 小池百合子』(2020, 文藝春秋)

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ノンフィクション作家、石井妙子による現職都知事のドキュメンタリー。

コロナに脅かされる首都・東京の命運を担う政治家・小池百合子
女性初の都知事であり、次の総理候補との呼び声も高い。

しかし、われわれは、彼女のことをどれだけ知っているのだろうか。

「芦屋令嬢」育ち、謎多きカイロ時代、キャスターから政治の道へーー
常に「風」を巻き起こしながら、権力の頂点を目指す彼女。
今まで明かされることのなかったその数奇な半生を、
三年半の歳月を費やした綿密な取材のもと描き切る。
https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784163912301より)

9.7/10.0

落ち着いたトーンの声で話す彼女の声や、キャッチーな言葉選びには「知的さ」を感じさせ、無根拠に信頼を寄せてしまうオーラを持っていることは確かだ。しかし、その「プレゼン力」とは、本来その人が実行したいビジョンや信念を知らしめるための能力であるはずだ。政治家であればなおさら。
「プレゼン力」にいくら長けていても、それを行う実行力がなければその政治家は能力不足であると断じるべきであろう。

小池百合子都知事の言葉によくよく耳を傾けると、彼女の言葉は聞こえがいいばかりで具体性が見えてこない。先日アップされた文化施設(ライブハウス・ナイトクラブ・劇場)への助成金を求める団体「Save Our Space」が掲載した都知事候補への質疑応答が象徴的だ。

「補償の必要性」についてを2択で問う質問について「無回答」とし、言ってしまえば「国からの補償に頼れ」と丸投げしている状況である。(国からの補償すらままならない状況に陥っていることをスルーしているのは本当に腹立たしい。)

そんな現都知事の半生を綿密な取材をもとに紡いだ本書は、まさに今読まれるべき一冊である。それこそ幼少の頃からの人となり、家庭環境までを取り上げていてその点はいささかトゥーマッチにも思えるが、自分の実績をやたらと過大に評価する彼女の人格形成がいかにしてなされていたかが分かり興味深い。*1

本書を読んだ限りの推測だが、彼女自身も「男性優位社会」にある種の諦めを感じ、それに対する処世術を身に着けた末に、今の姿があるのではないかと思う。
コネで留学をした先のエジプトでは年上の女性と同居していたにも関わらず、エジプト在住の日本人男性(商社マンなど)を招き入れては遊び惚けていたという彼女。そのエピソードの一つに、男性から彼女の歯並びについて揶揄されるものがある。はっきり言って相当失礼な物言いで、そんなからかいも彼女はうまくいなしていたと書かれている。

彼女が青春を過ごしたのは昭和時代で、エジプトにいる日本人は男性がほとんどだっただろう。恐らくこれ以上に耐えがたいセクハラともとれるコミュニケーションを、彼女が受けてきたことは想像に難くない。

そういう意味では彼女に同情する自分もいる。女性の活躍が難しかった当時(もちろん、今の社会にも弊害はあるだろうが)彼女は持てるもの、あるいは「実は持ってすらいないもの*2」も駆使することでのし上がろうとしたのだ。

かといって彼女はそんな社会で巧妙に「名誉男性」とでも言うべき立場となり、同時に多くの人を見捨ててきたことは本書にも書かれている通りだ。
対立候補土井たか子を「おばさんに政治は任せられない」と嘲笑し、阪神淡路大震災の被災者に言い放ったセリフをはじめ、これまでの行いはとても看過できるものではない。

なぜここまで他人に冷酷でいられるのか。時の権力者をヨイショすることで階段を昇りつめた彼女は、「政治ゲーム」に腐心するばかりで肝心の政治に関する哲学や信念を磨くことをしなかったからだろう。政治家は本来「誰かのため」に立ち上がる職業だ。そうした政治家としての信念を持たない彼女は、おそらく「誰のため」にも政治家にならなかったからこそ、他者に寄り添えない(寄り添わない)政治家になったのだろう。本書を読むとそのことがよくわかる。

東京ならずとも日本、果ては世界が危機に瀕している状況で、「東京アラート」や「ネクスユニコーン」などの、「聞こえはいいが本質は誰もわからない言葉」を駆使する人間に都知事を任せていいのだろうか。

「東京」といえば首都で、きらびやかな都会という印象があるだろうが、ここで生まれ育った人間にとっては、ここは単なる地元に過ぎない
多くの人がそうだろうが、本来地元に求めるのは「安心感」ではないだろうか。それがこと東京になると「派手さ」に引っ張られてしまう。その空虚な雰囲気は、奇しくも小池百合子の掲げる様々な言葉と通底してしまっている。

しかし今(というか、昔から)、普通に暮らしていた人たちの生活が脅かされている状況下で必要なのは、地に足ついた、市井の人の側に立って政治ができる人ではないだろうか。

*1:とはいうものの、「美人で芸能活動をしていた従妹への多大な嫉妬があった」というような書きぶりは推測に過ぎないとも思うが。

*2:学歴とそれに見合う学力