海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋,2018年)

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2016年に起こった、東大生5人による強制わいせつ事件に着想を得た小説。

横浜市郊外のごくふつうの家庭で育ち女子大に進学した神立美咲。渋谷区広尾の申し分のない環境で育ち、東京大学理科1類に進学した竹内つばさ。ふたりが出会い、ひと目で恋に落ちたはずだった。渦巻く人々の妬み、劣等感、格差意識。そして事件は起こった…。これは彼女と彼らの、そして私たちの物語である。(Amazonより)

8.7/10.0

前の記事で取り上げた村上春樹の『女のいない男たち』に感じていたモヤモヤの部分を、懇切丁寧に小説として仕上げたような作品だ。

メタファーを用いるような「文学作品」的な表現をあえて排し、徹底して被害者と加害者の日常やその時の心情の変化を細かく書き込むことで、この日本の社会の歪みを描き出しているとも言える。

では、「日本社会の歪み」とは何か。本作で取り上げられるのは「学歴(偏差値)至上主義」「ルッキズム」「女性蔑視」といったものだ。

この小説では暴行事件の被害者となった女性美咲と、加害者である男性つばさの日々を交互に描いていく。あざみ野に住む家族想いな少女と、広尾に住む官僚を親に持つ少年の生活が2008年から約7年間、克明に記されていく。
それはプロローグでも書かれている通り、両者の環境で互いの価値観が形成されていった先に「事件」が起こったことを示すためだ。

東大生となったつばさは周りの東大生たちとともに「自分たちは馬鹿でない」という強い自尊心を持つ。彼らは「誕生日研究会」なるインカレサークルを立ち上げるが、これは強姦目的でなく「女性との合意を取り付けて肉体関係を結ぶ」ためだ。
いわゆる「スーフリ」を引き合いに出し「俺たちは早稲田の馬鹿とは違うから」「犯罪(強姦)はしない」と嘯いてみせる。

一方の美咲は非常に純粋な心根を持つ少女で、恋愛についても少し疎い。だからこそ初めて肉体関係を持ったつばさに好意を持ってもらうべく、様々な努力をする。

その努力が男からすれば「好意を寄せられている=ある程度のことは許される」と増長していく様は、男女問わず持ちうる感情で、自分自身の内なる加害性を突きつけられるようで耳が痛い部分もある。

事件が起きる第4章はこうした背景で出来上がった、それぞれの価値観のズレが事細かに描かれる。
罪名こそ「強制わいせつ」だが、「誕生日研究会」のメンバーは美咲に対して性的な欲求を抱かなかった。だからこそこの事件が起きた、とも言える。
詳細は実際に本書を読んでいただきたいが「偏差値の低い女子大生が東大生の言うことを聞かない」、その一点が東大生の自尊心を損ない、暴行に及んだのだ。

本書は登場する加害者こそ「自尊心の高い東大生」であるが、「東大」というある種わかりやすい「記号」「概念」を用いて、この日本社会に根付く歪みを炙り出している。
偏差値のようなわかりやすいカーストで、人生経験の少ない若者がその指標のみに甘んじ、「彼女(彼)は頭が悪いから」と断じて、他人を傷つけてしまう……こうしたことはこの国の各地で起こっていることではないだろうか。