海辺にただようエトセトラ

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詩人の恋/시인의 사랑(キム・ヤンヒ監督,2017年)

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「息もできない」「あゝ、荒野」のヤン・イクチュンが、同性の青年にひかれる詩人を演じた主演作。韓国の済州島を舞台に、主人公の詩人が同性の青年に対して激しい感情を抱いたことから、愛や夫婦のあり方について、三角関係になった詩人とその妻、青年の3人が、もがきながら答えをたぐり寄せていく姿を描く。自然豊かな済州島で生まれ育った30代後半の詩人テッキは、スランプに陥っていた。そして、稼げないテッキを支える妻のガンスンが妊活を始めたことから、平凡だったテッキの人生に波が立ち始める。乏精子症と診断され、詩も浮かばずに思い悩むテッキは、ある時、港に開店したドーナツ屋で働く美青年セユンと出会う。セユンのつぶやきをきっかけに新しい詩の世界を広げることができたテッキは、セユンについてもっと知りたいと思うようになるが……。監督はこれが長編初作品となるキム・ヤンヒ。テッキの妻ガンスン役に「名もなき野良犬の輪舞(ロンド)」のチョン・ヘジン、青年セユンに Netflixオリジナル韓国ドラマ「恋するアプリ LOVE ALARM」のチョン・カラム。(https://eiga.com/movie/87872/より)

9.8/10.0

ミニシアター系での上映なので話題にならないのは仕方ないのだけれど、さすがに話題にならなすぎている傑作韓国映画。かくいう僕もヤン・イクチュン主演でなければ見逃していた可能性もあるので、設定に少しでも惹かれた人は是非観に行って欲しい。このご時世人が集まる場所には抵抗があるのも承知しているが、ぶっちゃけいまの映画館は鬼滅以外はガラガラだし、声も出さない/常時換気された空間なので安心な場所だと思う。

本作はチェジュ(済州)島が舞台だが、済州島といえば華やかなリゾート地を思い浮かべる人もいるだろう。だが本作のカメラで映されるそこは「寂れた港町」という印象。よく言えば長閑、悪く言えば閉塞的な空間で暮らし、詩人を志す中年男性が本作の主人公のテッキだ。

彼は美しいものをこよなく愛し、それを詩にしたためるのだけれど、詩作の仲間からは「現実の苦労を知らないから、詩に深みがない」という手厳しい指摘を受けて悩んでいる。事実彼の収入源は、小学校の詩作の課外授業のみでそれも月3万円(30万ウォン)程度。生活のほとんどを店を営んでいる妻に頼り切っている状態だ。
さらに妻との不妊治療で、自身が「乏精子症」であると診断されてしまう。稼ぎもなく、自然の美しさを愛で、精子の量も少ない……言ってしまえばことごとくステレオタイプな「男らしさ」からかけ離れたテッキが、小さなコミュニティで肩身を狭くして生きているのは想像に難くない。

そんな彼が近所にできたおしゃれなドーナツショップで働く、今風のイケメンセユンと出会うことで、彼をミューズに創作に拍車がかかっていく。

……とまぁこのように序盤のあらすじを追っていくと、いわゆる「BLもの」のような作品にも思えるのだが、本作の真の魅力はそこではないと断言したい。

それこそ映画の前半部分は少しドジで甲斐性のないテッキと、彼がセユンにときめいていくさまをコメディタッチで描くのだが、後半になるにつれてシリアスな展開となっていく話運びが非常に秀逸だ。例えばセユンが友人たちと毎晩飲み歩くシーンが、とある事情の伏線になっているのは「これぞ映画!」と唸らされる。

この徐々にシリアスになっていく脚本は、テッキ自身が「世界と深く向き合っていく」ことのメタファーであるのだろうと推測する。「きれいなものをきれいと言っても、表現として深みがない」という指摘を受けたテッキは、「汚いものにも目を向けることで、きれいなものの美しさがより際立つ」ことを、セユンとその家族との交流を通して体得していく。
だからこそ映画の展開もどんどんシリアスな、およそ「胸キュン」とは言い得ないものへと変容していく

「東アジアでも有数のリゾート地を舞台」に、「冴えない詩人志望の中年男」が「爽やかなイケメン」にときめく、と物語のガワだけなぞるとやたらにロマンチックだけれど、人付き合いにおける打算といった汚いけどリアルなものもしっかりと見据えて描いていく骨太なシナリオにやられた。*1

韓国を代表する名匠イ・チャンドンも『ポエトリー』という映画で詩を扱い、劇中で「詩作とは、現実をしっかりと見据えること」という印象的な台詞を書いていた。

本作もまさにその精神を踏襲した一本で、韓国では詩がとても親しまれているのだなぁと感じられる。

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*1:さらにいえば、「汚いもの」も見つめることで、この二人の交流の美しさも、より見えてくるのだけど、詳しく書くとネタバレになってしまうので割愛。