海辺にただようエトセトラ

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82年生まれ、キム・ジヨン/82년생 김지영(2019年,キム・ドヨン監督)

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平凡な女性の人生を通して韓国の現代女性が担う重圧と生きづらさを描き、日本でも話題を集めたチョ・ナムジュのベストセラー小説を、「トガニ 幼き瞳の告発」「新感染 ファイナル・エクスプレス」のチョン・ユミとコン・ユの共演で映画化。結婚を機に仕事を辞め、育児と家事に追われるジヨンは、母として妻として生活を続ける中で、時に閉じ込められているような感覚におそわれるようになる。単に疲れているだけと自分に言い聞かせてきたジヨンだったが、ある日から、まるで他人が乗り移ったような言動をするようになってしまう。そして、ジヨンにはその時の記憶はすっぽりと抜け落ちていた。そんな心が壊れてしまった妻を前に、夫のデヒョンは真実を告げられずに精神科医に相談に行くが、医師からは本人が来ないことには何も改善することはできないと言われてしまう。監督は短編映画で注目され、本作が長編デビュー作となるキム・ドヨン。(https://eiga.com/movie/92450/より)

8.8/10.0

まずはあまりに有名になった原作小説を、長編デビュー作として撮ったキム・ドヨンの手腕に驚かされた。
原作は「精神的な病を発症したキム・ジヨンのカルテ」という設定なので、まぁ順当に撮れば「キム・ジヨンが精神科のカウンセリングの場で半生を語り、回想シーンが都度挿入される」という構成になるだろう。
だが、本作は大胆にも物語の構成を変え、それが尚且つ語り口が非常に鮮やかな「映画」になっていた。

例えばジヨンの以前の職場で起こったトイレの盗撮事件(最悪すぎる)を元同僚から聞くシーン、これを「性犯罪」という言葉でジヨンの過去のバスでのトラウマへと連動させる語り口は見事だし、人間の心情としても非情にリアルに映る。

原作は敢えて男の登場人物の名前を出さないという手法で進められていて(それはジヨンの夫であっても例外でない)、ある種の寓話的な雰囲気を持たせていたが、この映画では男にも名前をつけてディテールを補填しているのも、プラスに作用している。

心優しいジヨンのパートナー、コン・ユ演じるデュホンは男から見れば非常に優しく素晴らしい夫*1なのだが、カメラ越しに彼を見るとジヨンを守っているようには見えない。
ジヨンの不安とデュホンの認識のズレが、取り返しのつかない事態になっていく様は原作を知っている身としては辛い。

映画的なアダプテーションが非常に優れていることは上記に挙げた通りだが、この映画はさらに踏み込んだオチの付け方を行っている。
この部分は、原作のファンは賛否分かれるだろうが原作小説が2016年でこの映画は2019年に韓国で製作されたことを考えると、「少しだけ時代は進みつつある」ことを前向きに捉えた作品なのだろうと理解した。

それでいても依然として、この社会で女性が背負わされる荷が重過ぎることは変わらないし、男はいつまで経っても理解できない。そしてその原因は今の社会のシステムの不全具合であることを示している姿勢は、原作者チョ・ナムジュの次作『彼女の名前は』にも通じていてとても納得があった。

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*1:と、同僚からは評価されるだろう