海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

ペパーミント・キャンディー/Peppermint Candy

f:id:sunnybeach-boi-3210:20190401155657j:plain

※以下に映画.comのあらすじを引用していますが、物語の構成にも言及しているので、少しのネタバレも苦手な方は読まれないことをお勧めします。あらすじに続く僕の記事も同様。

韓国現代史を背景に1人の男性の20年間を描き、韓国のアカデミー賞である大鐘賞映画祭で作品賞など主要5部門に輝いた人間ドラマ。「オアシス」「シークレット・サンシャイン」のイ・チャンドン監督が1999年に手がけた長編第2作。99年、春。仕事も家族も失い絶望の淵にいるキム・ヨンホは、旧友たちとのピクニックに場違いなスーツ姿で現れる。そこは、20年前に初恋の女性スニムと訪れた場所だった。線路の上に立ったヨンホが向かってくる電車に向かって「帰りたい!」と叫ぶと、彼の人生が巻き戻されていく。自ら崩壊させた妻ホンジャとの生活、惹かれ合いながらも結ばれなかったスニムへの愛、兵士として遭遇した光州事件。そしてヨンホの記憶の旅は、人生が最も美しく純粋だった20年前にたどり着く。2019年3月、イ・チャンドン監督の「バーニング 劇場版」公開にあわせて、4Kレストア・デジタルリマスター版が日本初公開。

https://eiga.com/movie/49159/より)

9.5/10.0

名匠、イ・チャンドンによる初期の映画作品。
イ作品は高校生当時、いまだに生涯ベスト作品である『オアシス』を観て非常に感銘を受け、すぐさま過去作である本作も観てみたのだが(『グリーンフィッシュ』は未見……)、韓国の時代背景などがよく分からないまま観てしまい、「悲しい物語だなぁ」くらいの印象しかなかったのだが、今回の4Kレストア版で再見したところ、やっぱりイ・チャンドンは今世最高の映画作家だよなという認識を改めて強めた。

この物語を語る上で避けて通れないのが、韓国で起こったクーデーター「光州事件」だろう。昨年の韓国映画の傑作、『タクシー運転手』でも題材となったこの事件は、詳細はWikipediaに譲るとして、民主化を願って活動を行っていた学生たちの悲劇も当然あったものの、本作はその学生たちとは真逆の位置であった一人の兵士にフォーカスを当てている。

事件の全体像も掴めぬままに、上官に急かされて出動する若者たち。光州の暗闇の中で、主人公のキム・ヨンホに訪れる二つの悲劇。物語中盤にこの事件を置いたからこそ、公開当時多くの韓国人の共感を呼んだのだろう。

映画全体の構成に言及すれば、次々とパズルのピースがはまっていくようにヨンホという人間の全体像を、観客が次第に理解していくこの構成も実に見事だ。

彼の持つ暴力的な、狂人じみた気質は先天的なものなのか? そんな乱暴な人間であるのに、昔馴染みの女性が遠路はるばる出会いに来るのはなぜなのか? 足を引きずりながら歩く理由は? 次々と浮かんで来る疑問が、時を遡って綺麗に回収されていくとともに、時代に翻弄され続けた男の悲しみに胸を打たれる。
韓国の兵役は20代の間におよそ2年間従事するものだ。つまりは、「ヨンホがこの時期に兵役にさえ行かなければ……」という考えが嫌でもよぎってしまう。とても悲劇的な物語だ。

そしてもう一つ、彼の人生の傍らに常にあったペパーミントキャンディー。韓国料理屋ではお口直しに必ずもらうものなので、韓国人にとってはありふれたお菓子なのだろうけど、だからこそタイトルにした意図を感じ取れて切ない。この物語は、本質的にはラブストーリーなのだ。

ラストでついに青年だったヨンホにまで時間が巻き戻る。自由と若さを謳歌し、淡い恋心を抱いていた少女との儚いやりとり。
この時彼が言う「前もここに来た覚えがある」という言葉は、さながらこの映画が、ヨンホ自身が死ぬ直前に見ている走馬灯であると暗示しているようだった。

今年公開された最新作、『バーニング』と比べるとかなりストレートな構成ではあるけれど、一度見たら忘れられない強度を持っている傑作。新作映画ばかりでなく、腰を据えて旧作も観ていきたい。

今回のリマスターを機に、本作もオアシスもブルーレイ化くるのか? とちょっと期待。もうDVD廃盤だろうし。

 

【2019年10月31日追記】

……なんて書いていたら『バーニング』のソフト化とともにブルーレイ化キタ!