海辺にただようエトセトラ

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ガブリエル・ガルシア=マルケス『コレラの時代の愛』(El amor en los tiempos del cólera-1985,木村榮一訳)

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ノーベル文学賞を受賞したラテン・アメリカの小説家のキャリア後期の作品。19世紀末から20世紀初頭にわたる内戦につぐ内戦の時代とコレラの蔓延する時代を描いた。 

8.7/10.0

個人的には『百年の孤独』以来のガルシア=マルケスだが、非常に難解な『百年の孤独』と比べるとかなり読みやすい小説に感じた。

しかし「読みやすい」=「わかりやすい」とならないのがこの小説の最大の特徴で、物語の着地点は予想つくものの「果たしてどのようにそこ(着地点)に行き着くのか?」と不安に感じながら500ページもの小説を読み進めていくことになる。

物語は主人公と思われる、街で尊敬を集めている老医師フベナル・ウルビーノの視点で始まる。自殺した友人の弔いの手続きを進める彼だが、なんと突然自宅で飼っていたオウムを捕まえようとして梯子から落ちて死んでしまう
読んでいるこちらが拍子抜けするくらい、彼があっさり死んでしまうので驚かされるが、その医師の死を皮切りに、医師の妻に50年以上恋をしていた男、フロレンティーノ・アリーサの人生が語られ始める。

このフロレンティーナこそがこの小説の真の主人公であり、そしてこの小説は間違いなく恋愛小説なのだが、さすがラテンアメリカ文学の大家であるガルシア=マルケスの作品。スケール感が日本の恋愛小説とは比較にならない*1

そもそも50年以上に及ぶ純愛という設定もさるところながら、フロレンティーノの人生も複雑怪奇だ。彼の初恋であるフェルミーナ・ダーサは街一番の名医師と結婚してしまうため、彼女にふさわしい男となるべく人生経験を積んでいくことにする。
ついには船舶会社の社長にまで上り詰めるのだが、それ以上に凄まじいのが600名以上の女性と関係を持ち続けたことだ

正直「それって純愛か?」となるけれど、フロレンティーノは彼女にふさわしい男になるための自分磨きと考え、ことに及ぶ。
小説内で関係を持つ女性たちとも納得ずくであることは書かれているけれど、人によっては浮気がバレて夫に殺された人妻や、遠縁のティーンエイジャーとまで関係を持ったりするので、正直そこには嫌悪感しかなかった。

見方を変えればフロレティーノは女性への欲望を募らせたモンスターでしかなく、そこと純愛の精神はとても矛盾するものなんだけれど、そのカルマすらもガルシア=マルケスの美しい筆致で書かれてしまうと圧倒される。*2

19世紀から20世紀にかけて、コロンビア(というか世界)では戦争に感染症と多くの人が生命の危険に脅かされてきた。そんな時代に生命力をたぎらせ、一人の女性への想いを途切れることなく持ち続けたフロレンティーノのエネルギーには感服する。

超然としているフロレンティーノだけど、50年の中でどんどん老いを体験していくのも興味深い。中には完全に笑わせにきている描写もあるので(頭髪のくだりとか)概ね楽しく読めた。

*1:いい意味でも、悪い意味でも

*2:これは本書を翻訳した木村榮一さんの美しい訳によるところも大きいだろう。