海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

屋根裏の殺人鬼 フリンツ・ホッカ/Der Goldene Handschuh

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ソウル・キッチン」「女は二度決断する」のファティ・アキン監督が、1970年代のドイツ・ハンブルクに実在した5年間で4人の娼婦を殺害した連続殺人犯の日常を淡々と描いたサスペンスホラー。第2次世界大戦前に生まれ、敗戦後のドイツで幼少期を過ごしたフリッツ・ホンカ。彼はハンブルクにある安アパートの屋根裏部屋に暮らし、夜になると寂しい男と女が集まるバー「ゴールデン・グローブ」に足繁く通い、カウンターで酒をあおっていた。フリッツがカウンターに座る女に声をかけても、鼻が曲がり、歯がボロボロな容姿のフリッツを相手にする女はいなかった。フリッツは誰の目から見ても無害そうに見える男だった。そんなフリッツだったが、彼が店で出会った娼婦を次々と家に招き入れ、「ある行為」に及んでいたことに、常連客の誰ひとりも気づいておらず……。2019年・第69回ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品作品。(https://eiga.com/movie/90714/より)

9.7/10.0

すごく個人的な話をさせてもらうが、「痛みの伴わない暴力描写」は信頼できない。
幼い頃戦隊モノの真似をして、幼稚園の階段を転げ落ちてみたらものすごい痛かったのがそのきっかけだ。テレビに映るヒーローは痛そうにしていなかったから真似をしたのに。それ以来アンパンマンバイキンマンをぶっ飛ばすシーンなどは心底嫌いになった。子供ながらに「あれだけぶっ飛ばされれば死んでしまうだろう」とバイキンマンの心配をしていたのだ。

暴力映画と言われる、いわゆる「痛そうな映画」は一部の人からは不人気の映画であるが、個人的にはこの「痛そう」であることが何よりも誠実であると思う。
単なる暴力を見せるのでなく、「暴力の後の影響」までを描き切り、受け手に観せること。それこそがフィクションで暴力を取り扱う上でのせめてもの礼儀ではないだろうか。*1

「痛ましさ」に満ちた映画として話題が持ちきりなのは『ミッドサマー』だろうが、そんな『ミッド〜』も本作の胸糞悪さの前には歯が立たない。

まずは主人公のどん底具合に気が滅入る。終始猫背で日雇いの仕事で小銭を稼ぎ、場末のバーで酒を飲むフリンツ・ホンカは、バーで行き場を失くした初老に近い娼婦たちにもまともに相手をされない醜男だ。
一見弱気で無害そうに見えるフリッツだが、これまでもその見た目によって受けた差別は相当なものだったのだろうと推察できる。
その積年の恨みを込めるが如く、家に連れ込めた数少ない娼婦(というか初老の浮浪者)へのミソジニー溢れる態度はとても恐ろしい。言葉の暴力はもちろん強姦や撲殺にまで発展してしまう。演出しだいではギャグにもできそうなシーンはちらほらあるが、あえて淡々と映すことで暴力へのカタルシスを感じさせない。*2
監督の容赦なさというよりは、誠実さをひしひしと感じる作品だ。

そういった直接的な暴力もさることながら、視点を変えるとこの作品は「時代の暴力」も描いている。フリンツと飲みに消えた女性(老婆)たちは、行方不明になったことすら知られていない(だから、長期にわたる連続殺人が可能であった)。
彼女たちを心配する家族や友人は映画には出てこないし、存在もしないのだろう。そのあたりについては深く語られないが、戦後のドイツという状況がそうさせたとしか思えない。家族も失くし、若くもないのに売春という仕事しか選ばざるを得なかった女性たち。彼女たちの置かれた環境こそ暴力と言えるだろう。

本作の露悪さだけを取り上げて「カルトムービー」と讃える人もいるかもしれないが、暴力の及ぼす結果を観客の目をそらすほどに生々しく描いた本作は、非常に誠実な映画作品である。

 

*1:それを露悪的に楽しんでいる人間は好きになれないが、否定はしない。

*2:暴力シーン以外ではギャグシーンもあります。下の階の住人の食事シーンは必見。