海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

マーロン・ジェイムズ『 七つの殺人に関する簡潔な記録』(早川書房)/A Brief History of Seven Killings

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1976年12月のボブ・マーリー暗殺未遂事件。犯行に及んだ7人は何者で、目的は何だったのか――真相は明かされず、米国の陰謀すら囁かれる事件をもとにした長篇小説。売人やジャーナリスト、CIA局員、亡霊までがうごめく、血塗られた歴史が語られる(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784152098672より)

9.0/10.0

書影を見てもらえればわかる通り、非常に分厚い。総量700ページ(かつ、2段組)に及ぶどう見ても「簡潔な」とは言えないメガノベルなわけだが、自分にとって全く縁のない南米の島国、ジャマイカの凄惨な状況に引き込まれてグイグイ読み進めてしまった。

「ジャマイカといえばレゲエ」という僕としては、「ヒッピーの憧れるピースフルな島国」くらいの認識でいたが、冒頭からとんでもない勘違いであることに気付かされる。

保守派と革新派の政党がともにギャングを抱えては、日夜殺し合いが行われているような状況が、70年代のジャマイカにとっては「当たり前」の光景だったのだ。むしろそういった壮絶な状況を脱するべく、ボブ・マーリーをはじめとする穏やかなグルーヴで生活を讃えるレゲエミュージックが流行っていたのかもしれない。
事実彼は1976年に平和を願う主旨で開催される音楽フェスへの出演を決め、多くの人が心待ちにしていたのだ。

しかし物事はそんな簡単には進まない。政府主導で開催される本フェスは、次に行われる大統領選挙の「票集め」と捉えられる。現政権のPNPは社会主義政策を進める左派のため、当然右派(JLP)及びお抱えのギャングは快く思わない。
特に南米の左傾化を憂うアメリカはCIAをジャマイカに送り込みつつも地元のギャングに武器を提供しては抗争を促す始末。

このフェスの開催を妨げるためにボブ・マーリーは襲撃されたとみなされている。

本書は大きく5つの章に分けられており、それぞれが特定の1日を登場人物の一人称で描いていく群像劇だ。
特定の1日とは襲撃前夜や襲撃当日、さらにはボブも既にすでに病死したはるか未来のとある日(1985/91年)も描かれている。これについてはきっちりと回収されるので本書を読んでいただきたいが、何よりも特筆すべきは終始一人称で書かれる本書のスタイルそのものだろう。

狂言回し的な人物は特にいなく、登場人物それぞれが何かしらの思惑を描いているので(なおかつそれを明らかにしないため)、序盤は全体像が掴みにくい。*1
しかし物語を読み進めるうちにことの次第がおぼろげにわかっていく。すべての章を通じてほどこされている「ある仕掛け」が物語後半で明らかになっていく様は、読んでいるこちらまでハラハラさせるほどにスリリングだった。

訳者いわく「ジャマイカの現地語は日本語での完全な表現が難しく、『お上品』になっている」と書かれているが、ギャングたちの間で交わされるやりとりは十分に強烈だ。
ホモソーシャルかつホモフォビックな罵倒で相手を威圧させる、とにかく暴力的な言葉の数々には少々悪酔いさせられるほどだ。

それにしても当時生まれていなかったジャマイカの空気をここまでディテール豊かに再現した著者の力量には感服するしかない。ジャマイカ初のブッカー賞受賞もうなずける力作だ。
彼の次なる最新作は「ジャマイカゲーム・オブ・スローンズ」と評されているようなのでこちらも巨編なのは間違い無いだろう。*2

商品リンク、紙の書籍とともにKindle版も貼りました。
さすがに持ち歩きは不可能なのでお好みの方を。個人的にはもちろん紙を勧めますが。

*1:そのためまずは巻末の訳者による後書きを読むことを勧める。当時のジャマイカの社会情勢が丁寧かつわかりやすく解説されている。

*2:日本語訳はいつになることやら。