海辺にただようエトセトラ

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アメコミのヒーローを作った男たち–−スタン・リーとジャック・カービーの伝記

今やMCUDCEUの貢献のおかげ*1で、知らない人はいないほどメインストリームのコンテンツとなったアメコミ映画だけど、その原作と言える「アメコミ」の日本での立ち位置って、本の高級さや大判さも相まって、結構な「オタク趣味」に位置付けられると思う。

それでも亡くなる直前までMCU作品へのカメオ出演をこなし、ファンを喜ばせたスタン・リーは多くの人が知る「MARVELのゴッド・ファーザー」だろう。そんな彼と、スタンよりも先にアメコミアーティストとして名を馳せ、スタンとともに多くのヒーローを生み出したジャック・カービーの伝記が邦訳され、それぞれ昨年にリリースされた。

一筋縄でいかない関係性の両者の伝記を同時期に読了したので、両者の感想を書きたい。

書籍紹介

ボブ・バチェラー(著),高木均(訳)
『スタン・リー マーベル・ヒーローを創った男』(草思社,2019年2月)

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8.8/10.0

世界中で人気のヒーローたちを数多く世に送り出したマーベル・コミックスの巨匠は何を考え、どう生きてきたのか。
10代で黎明期にあったコミック業界に入り、やがてアメコミ界のレジェンドになるまで、異能のクリエイターがたどった山あり谷ありの人生を、米国のエンタメビジネスの盛衰とともに描く。
個性あふれるヒーローたちの誕生秘話とともに、スタン・リーのキャリアに常に付きまとったトップとの確執や不透明なビジネス環境のもとで働き続けることへの葛藤など、語られざる苦悩にも光を当てた傑作評伝。(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784794223814より)

マーク・エヴァニア (著), 吉川悠 (監修), 中山ゆかり (翻訳)
ジャック・カービー アメコミの"キング"と呼ばれた男』(アートフィルム社,2019年12月)

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9.0/10.0

《アイズナー賞受賞作品》
本書は、オーストリアの移民の子としてニューヨークの窮屈な長屋で幼少期を過ごしたジェイコブ・カーツバーグ(カービーの本名)が、「ジャック・カービー」として、数々の作品・キャラクターを作り出すまでのプロセスを詳細に描く。
誰もが知っているあのヒーローたちの誕生秘話はもちろん、伝説の編集者スタン・リーとの仕事(あるいは確執)について、マーベル/DCコミックス間の移籍について、そして正当な報酬を得られず、経済的な不安を抱えながら仕事を続ける姿に至るまで、カービーの光と影を余すところなく記述している。
貴重な写真、原稿、ビジュアルを多数(未発表のものを含む)収録し、アーティストとしてのカービーの人生を立体的に浮かび上がらせる、資料的価値の高いアメコミファン必読の一冊。 著者は、ジャック・カービーのアシスタントを務めていたマーク・エヴァニア。(https://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784845918256より)

両者に共通する「成り上がり/ハングリー精神」

まずこの両者に共通して言えることは、大恐慌第二次世界大戦を通じての「成り上がり精神」が根底にあるということだ(それは当時アメリカで名を馳せた全ての人に言えることかもしれないが)。

ヨーロッパから移民として渡米し、アメリカでの成功を家族ぐるみで目指したものの、大恐慌や戦争に巻き込まれることでどん底を味わった両者は、世代は違えど「貧しさからの脱却」を強く願っていたのだ。そのハングリー精神があったからこそ常人ならざる膨大な仕事をこなしていったのだろうし、自分の功績を「大きく」見せようとして、両者の間に「事実誤認」が生じたのではないのかと感じる。

「マーベル・メソッド」の功罪

「協業制のコミック制作」という諸刃の剣

両者が大量に作品を生み出せたのは本人たちによるバイタリティーのみにあるのではなく、いわゆる「マーベル・メソッド」という作品の作り出し方にあったことが二冊ともに書かれている。

「マーベル・メソッド」とは、端的にいえば、従来の「ライターが事前にストーリーとセリフを書き、アーティストがその原作に併せて作画を行う」という分業制ではなく、「ライターがプロットをアーティストに渡し、アーティストがコミックを描き起こした原稿にセリフを書き入れていく」という協業制によるコミック制作の進め方だ。

こうすることによりライターとアーティスト両者がコミックのストーリー作りに携わることができるのでアイデアも膨らみ制作スピードが上がるわけなのだが、当然ながらこの手法は権利的な部分がややこしくなる諸刃の剣だ。

この手法で見事ヒットを飛ばした『ファンタスティック・フォー(FF)』では、両者の認識は食い違っている。

「実質的にライターが2人いるようなものだった」(『スタン・リー』P151)

 と、あくまでストーリーは自分も考えていたと語るリーに対して

 のちにアーティストの何人かは(カービーとディッコも含む)が、スタンはコミックスの筋書きにはごく少ししかーあるいはときにはまったくー寄与していなかったと主張することになる。(『ジャック・カービー』P122)

と、不満を挙げている。

まぁ外野からすれば最もな話で、スタン本人は絵が描けないのだから最終的なコミックの制作はアーティストの負担になる。当時複数のコミック誌のライターを務めていたリーは激務のあまり簡単なメモ書きや、時にはアーティストとのディスカッションのみで制作を丸投げしていたという本人の言葉もある。これを「ストーリーを考えていたライター」とするのには、当事者間で意見が割れるのも仕方がないだろう。

リーによるコミック雑誌存続の攻防

とはいえ、リーにはリーで会社の中間管理職的に奮闘していたことも忘れてはならない。マーベル社の前身とも言える「タイムリー・コミック社」は、リーの親戚であるグッドマンが社長を務める企業だった。

グッドマンはとにかく目先の儲けを気にする人物で、「流行り物はとことん真似るが、廃れたら即座に撤退する」ことが心情であった。当時のDCコミックの『スーパーマン』の大流行を受けての「コミック部門始動」だったので、何かしらの作品がヒットしなければ事業はすぐさま畳まれるような状況だった。(他にもライバルであるDCコミック傘下の流通会社に買収されていたりと困難が様々にあったが、その辺りは本書に譲る)

ライターだけでなく編集長も任されていたリー*2は、とにかく何がヒットするかもわからないまま作品を量産し続けていた。*3その中でも当時珍しかった「チームプレイ」を行うヒーローたち、『FF』が大ヒットした。

このヒーローたちの人間臭いセリフや、連載作品ならではの次号へ続くアオリ文などが読者の心を掴んでいたのも事実で、その点はライターであるリーの手腕が評価されるべきだろう。

「役割」が違うからこそ、「景色」も違う

両書を読み解いていくと、それぞれの役割が異なるからこそ、各々の現場から見える景色も異なっているのがよくわかる。

ライバル社であるDCの内職と移籍準備が発覚して社を追い出されたカービーは、兵役後DCの居場所がなくなり、リーのラブコールでマーベルに戻る。
彼にとっては日々の稼ぎを得るためにガムシャラに働き、驚異的な仕事量と画力のセンスで「アメコミの絵」を確立させていった。
にもかかわらず世間的な脚光はリーに当たりがちである。*4
そういった状況を歯痒く思ってしまう心理はとても理解できる。

一方でリーが創作に全く関わっていないと言われればそれは嘘になるだろう。
詳しくは本書を読んでもらいたいが、リーは通常の人間ならリタイヤするべき70代以降も創作活動を続けているほどクリエイティビティに溢れた人だ(もう遊んで暮らせるほどの富を得ているにも関わらず、だ)。
そして彼自身がアメリカ大陸を回ってファンと直接コンタクトをとったことをはじめとする広報活動が、マーベルコミックスをより親しみのあるポップカルチャーとさせたことは間違いない。
多忙な中で連載中の作品の原稿を疎かにしてしまった瞬間があれど、それは怠慢によるものではなかったのだと信じたい。*5

まとめ:各書についての短評

最後に、それぞれの書籍単体での感想を記してこの記事を終えたい。

『スタン・リー マーベル・ヒーローを創った男』

途中でマーベルを離脱(解雇)したカービーと比べれば、リーは徹頭徹尾マーベルにてコミックの制作を続けた、まさに「MARVELの生き字引」だ。

彼の半生を語ることがすなわちマーベルそのものを語ることになる。
膨大な参考文献と引用をもってして語られる本書は説得力が非常に高く、僕のようなコミック史に疎い人間にも全体像を把握しやすい一冊だ。

一方でコミックのストーリーをかなり文字で説明する部分が多く、いっそのことコミックそのものを収録して説明した方が手取り早いのでは?と感じた。リーがシンプソンズに出ていた時のイラストは収録されているのに、権利の関係か、肝心のヒーローの絵が一枚もないのは少々不満に感じた。

ジャック・カービー アメコミの"キング"と呼ばれた男

そう思うとカービーの伝記は、本文中に惜しみなく彼自身が手がけたコミック収録されていると感じる。ページ数の都合もあり各作品のストーリーを細かに追うことはできないが、本書の大判さも相まってアートとしても見応えが抜群だ。インカー、カラー担当による仕上げを施した原稿もさることながら、「ネーム」状態の彼の原稿の精緻さには舌を巻く。
本書では彼の信頼するインカーの紹介などもあり、アメコミがライターとアーティストだけで成り立つものではないことを示しているものもいい。著者がカービーのアシスタントであるからこそ、クリエイターにもスポットを当てたのだろう。

長々と書いたがどちらも現代のアメコミ、ひいてはポップカルチャーをより深く知るためには必読と言える本だ。面白かった!

*1:サム・ライミスパイダーマン)、クリストファー・ノーランダークナイト)、ブライアン・シンガーX-MEN)、そしてケヴィン・ファイギにもリスペクトを。

*2:さらに言えばアートディレクターも兼任していた

*3:いわゆる「ヒーローもの」以外にもラブロマンスやクライムサスペンスもののコミックも手掛けていた。

*4:事実コミック本を手に取らず、MCUしか観ない映画ファンはリーのことは知っていてもカービーを知っている人は少ないだろう。

*5:しかし、この部分にもカービーの言い分はあるので詳細は書籍に譲る。