第二次世界大戦後北海道はソ連に占領、鱒淵いづるを指揮官とする抗ソ組織はしぶとく闘いを続ける。やがて連邦国家インディアニッポンとなった日本で若者四人がヒップホップグループ「最新"」(サイジン)を結成。だがツアー中にMCジュンチが誘拐、犯人の要求は「日本の核武装」――歴史を撃ち抜き、音楽が火花を散らす、前人未到の長編。(https://www.shinchosha.co.jp/book/306077/より)
9.2/10.0
古川日出男の小説はとにかく密度が高い。1冊読むのに他の小説の3倍くらいの体力を使っている感覚がある。特に地の文の濃さが最たるもので、言葉を選ばず書けば「難解(わかりづらい)」「人を選ぶ文章」なのだが、その歯応えにとても惹きつけられる。
それは、その文は物語を語るにとどまらず「小説の再定義」を行っているからだ。この密度、濃さ、難しさでないと書けない唯一無二のものを書いているからだととも言える。
そして古川日出男の小説はいつでもその設定や発想が魅力的で、それが食指を伸ばす一因でもある。
2018年当時の最新長編だった本作は、なんとヒップホップグループが主人公である。
しかも「ソ連に占領された北海道」と「北海道以南はインドとの連邦国“日本州”」が舞台なのである。*1
これを奇想天外といわずして何をそう言おうか。
先に述べたように、本作も一般的な小説と比べると難解に感じる部分がある。
我々が生きている日本とは別の日本が小説内では「当たり前の事実」として語られているし、その時系列も千々に散るので小説の遠心力が非常に強い。
ただ、近年の作(『南無ロックンロール二十一部経』や『女たち三百人の裏切りの書』など)に比べると読みやすいように感じる。*2個人的にも長年愛聴しているヒップホップ(本作では「日本独自のヒップホップ」として、主人公たちは「ニップノップ」と称する)が物語の題材だからかもしれない。
そしてここで披露されるラップは、小節末のみ韻を揃えたような小手先のものではなく、ラッパー本人の「フロウ」が聞こえてくる。どこか散文詩めいた古川日出男の作家性とラップの手法は少なからずリンクする部分があるのだろう。
古川作品については物語の筋を触れるよりも、その物語が文章として、「小説としてどう表現されているか」を味わうことが醍醐味なので、あまり作品の内容には触れておかずにいたい。
だが先述した「小説の遠心力」に、手を取った人が振り落とされないように付け加えるのなら、その遠心力は徐々に渦の中心に吸い込まれるように、とあるページで収束する。その様はかなり圧巻なので、ぜひ諦めず読み進めてもらいたいと思う。