東北から南米へ
戦前から現代へ
時空の森を貫き
その列車は疾る小説家兼探偵・坂口安吾が、疾走した高級コールガールの行方を追う「第一の森」。
記憶を持たない男・丸消須ガルシャが乗った列車で不可解な殺人事件が起きる「第二の森」。
そして私は小説に導かれ京都、長崎、東北と漂泊し、手記「消滅する海」をしたため続ける。ミステリ、SF、幻想小説にして世界文学。
前人未踏のギガノベル、ここに誕生!
9.4/10.0
作品紹介の「ギガノベル」なる呼称に偽りなく、
- 総ページ数898ページ
- 重量1キロ
- Kindle容量9999KB(いい数字!)
というとんでもない質量の小説。*1
これまでの記事でも述べたように、古川作品の密度の濃い文章を900ページ読むのはかなり至難……とビビりながらページをめくったのだが、これまでの大長編と比べるとすこぶる読みやすくて驚いた。*2
特にどこか抜けた感じのある坂口安吾のパートである「第一の森」は、起きる現象こそ現実離れしているものの、まるで昭和の少年向け探偵小説を読んでいるかのような味わいで進んでいく。
お気に入りは中盤の、とある潜入捜査を試みる部分。古川日出男らしいシリアスな文体なのに、起こっているやりとりはかなり滑稽なので、そのギャップで笑ってしまう。
一方の「第二の森」とされるパートは、ラテンアメリカの文豪(と、同姓同名の人物)が乗り込んだ列車や、道中止まるステーションにて様々な事件に巻き込まれるのだが、こちらは明らかに宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』をモチーフとしている。しかも、列車を走らせている土地は「満洲」であることが判明する。
ラテンアメリカ文学の巨匠たちが、宮沢賢治的世界の満洲でドタバタに巻き込まれる……と短絡的に書けばそうなるが、「満洲」という土地であり、さらには思想が生み出した「もう一つの歴史」がこの小説では生み出される。
そしてもう一つのパートとして、小説家の主人公が京都〜長崎〜東北を放浪した手記である「消滅する海」があるが、このパートが最も従来の古川日出男のパートに近く感じた。深い思索を重ねながら日本の歴史を歩むこのパートは、直接的な言及はないにしろ、上記の「二つの森」のパートのメタファーの解説的な小説と捉えることもできる。*3
いわゆる一般的な小説なら、一見異なる複数の世界が並行して一冊の小説に書かれていたら、その世界同士は物語の先でなんらかの合流を果たすだろう。しかし、本書を手掛けているのは古川日出男、そんな単純な構造はもたない。
大いなる虚構(フィクション)を作り出し、ディテールに史実を忍ばせることで、我々が今生きる社会を見つめ直す––古川文学の真髄はこうした部分にあると思うが、本書は終盤になってくると、ロジカルだが非常に難解な世界の解釈が登場人物から披露されていく。一読しただけでは正直読み解き切れないくらい難しい(し、今もあまり分かっていない)。
しかし一方でこの小説を前にすると、一人の人間が世界の理を簡単に理解しようなどということ自体がおこがましいと感じてしまう。たとえそれが作者による虚構の世界だったとしても、だ。
いわゆる娯楽的な物語として捉えるなら、本書の終わり方はアンチクライマックスと言える。ただ本書に限らず小説はオチを楽しむよりもその過程で書かれるモノを接種、消化、昇華することが醍醐味であると思うので、この点は欠点ではない。
むしろ、本書の終わり方はとても心の温まるものだったと感じる*4。ある人物の、ある人物に対する想いを垣間見る閉じ方には、少し感動を覚えた。
【追記】
古川日出男本人が本書を朗読した動画がアップされているので、紹介。
過去に何回か彼の朗読は観に行っていたが、今はここまで進化しているとは思わず驚いた。学生時代から舞台の戯曲を手掛けていたことも関係するのだろうか。
きっと皆さんの想像する「朗読」とはかけ離れたものとなっているので観てもらいたい。実を言うとこの動画が僕の本書購入の決め手でした。
【朗読】『おおきな森』著者・古川日出男が魂の朗読。【第一の森】
【朗読】『おおきな森』著者・古川日出男が魂の朗読。【第二の森】
【朗読】『おおきな森』著者・古川日出男が魂の朗読。【消滅する海】