海辺にただようエトセトラ

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名もなき生涯/A Hidden Life

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ツリー・オブ・ライフ」「シン・レッド・ライン」の巨匠テレンス・マリックが、第2次世界大戦時のオーストリアで、ヒトラーへの忠誠を拒み信念に殉じた実在の農夫の物語を映画化したヒューマンドラマ。第2次世界大戦下のオーストリア。山と谷に囲まれた美しい村で、妻フランチスカと3人の娘と暮らしていたフランツは、激化する戦争へと狩り出されるが、ヒトラーへの忠誠を拒んだことで収監される。裁判を待つフランツをフランチスカは手紙で励ますが、彼女自身もまた、裏切り者の妻として村人たちから酷い仕打ちを受けていた。ナチスに加担するよりも自らの信念に殉じ、後に列福されたフランツを「イングロリアス・バスターズ」「マルクス・エンゲルス」のアウグスト・ディール、妻フランチスカを「エゴン・シーレ 死と乙女」のバレリー・パフナーが演じた。また、2019年2月に他界した名優ブルーノ・ガンツが判事役を務めている。19年・第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。(https://eiga.com/movie/91140/より)

9.8/10.0

本作がテレンス・マリック作品初鑑賞だったのだが、それでも分かる強烈な作家性に喰らってしまい、今年ベストの候補作に躍り出てきた。
ふらっと観に行った映画が思わぬ心の奥底に響く1本になりうる。まだまだ自分が出会っていない、自分好みの映画が世の中に溢れているんだなとしみじみ思った。

第2次世界大戦中とは思えない、おそらく電気も通っていないような、ある意味時代に取り残された長閑で美しい農村が主人公一家の暮らす舞台だ。山に囲まれた村は(というか、雲とほぼ同じ標高で暮らしているので「山に住んでいる」と言った方が適切か)非常に美しく、カメラは存分に大自然の恵みを捉える。
自然の広大さや美しさをいかんなく見せられるからこそ、「軍服を着た軍人」が画に入ってくるとその違和感に胸騒ぎを覚える。暴力からは無縁の土地に現れる軍服姿の男たち。彼らが画面に介入してくることは、すなわち「戦争が深刻化していること」の証左にほかならない。
「軍人の介入」がウイルスのように媒介し村の空気も徐々に変容していく。日々村人が交流していると思しき広場でビール片手にナショナリズムを発揮し、敵国を非難し始める村長ほか村の人間は兵役を拒否する主人公一家を徐々に忌み嫌うようになっていく。

オーストリアを舞台にしつつも、全編英語劇であることをある種効果的に取り入れている。本来の母語であるドイツ語は、決まって主人公たちに罵声を浴びせる時に用いられるのだ。その際あえて翻訳字幕は(英語字幕も含めて)出てこない。ドイツ語の滑舌のいいアクセントが勢いのある怒声となるだけで非常に暴力的な様子を帯びる。観客にも主人公たちの恐怖を感じさせる巧みな演出だった。*1

作品の評価を「主人公への感情移入度」で測る人が一定数いるが、本作へ感情移入することはかなり難しい。
兵役、またはそれに準ずる仕事に就くために必要な「ヒトラーへの誓い」を頑なに拒否するフランツの行動は、特定の宗教を信仰しない人間にとっては理解の埒外にある。

劇中では聖職者ですら「誓いの言葉は形式的なものだから、たとえ心になくとも言えば命は助かる」とまで言うのに、フランツは了承しない。
牢獄では絶えず拷問に近い責め苦を受け、恐ろしく険しい顔つきになっていく様を見ていると心が痛いが、彼の狂信的と言えるその意思の強さにはどうしようもなく惹かれてしまう。*2敬虔なキリスト教信者であるテレンス・マリックは彼に神を見たのだろうか。

*1:つまりは本作には『ジョジョラビット』的な違和感はなかった。

*2:パンフレットを読むと実はフランツをキリスト教へと導いたのは妻のフランチェスカだったらしい。なぜ彼がここまで敬虔な信者となったのかも描いて欲しかった。