海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

舞城王太郎『私はあなたの林檎の瞳』『されど私の可愛い檸檬』(講談社,2018)

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舞城王太郎の「新プロジェクト」として2018年に2カ月連続刊行された短編集。
2018年10-11月発売。

『私はあなたの林檎の瞳』

ずっと好きで仕方がない初恋の女の子。僕の告白はいつだって笑ってかわされる。でも、今好きなものを次なんて探せない!(表題作)いいものは分かる、けど作れない。凡人な美大生の私が、天才くんに恋しちゃった!(「ほにゃららサラダ」)僕が生きていることに価値はあるのだろうか。僕は楽しいけど他の人にとっては?(「僕が乗るべき遠くの列車」)思春期のあのころ誰もが直面した壁に、恋のパワーで挑む甘酸っぱすぎる作品集。(https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000314068より)

『されど私の可愛い檸檬

2ヵ月連続作品集刊行、2冊目家族篇。舞城王太郎が描く「家族」の愛、不思議、不条理。問答無用で「大切」な家族との、厄介で愛おしいつながりを、引き受け生きる僕らの小説集。(https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000315279より)

『私はあなたの林檎の瞳』

8.0/10.0

「舞城新PJ」と銘打たれているが、いざ奥付を見るとこれまで単行本化されていない短編を「恋愛篇」と「家族篇」というテーマでまとめて、それぞれに一編書き下ろしを加えたものであり、いささか拍子抜けした。
とはいうものの、やはり唯一無二の舞城節を久々にまとめて浴びることができたので満足度は高い。

一冊目の『林檎』は恋愛をモチーフとした作品群で、比較的ティーンが主人公に置かれたもの。
アイデンティティの揺らぎやすいティーンが、恋愛などによって生じる他者との関係性から、逆説的に自分を獲得していく話が多いので、「恋愛」と括らずに「青春もの」としても読めるものとなっている。

特に白眉が『ほにゃららサラダ』で、芸大生のクリエイティブにまつわるやりとりが非常にシリアスだ。
今自分が取り掛かっているものが、すなわち自分の将来や周りの評価と直結している緊迫感の中で、自分のクリエイティビティ(それは、すなわち自分らしさにも通ずるのだが)を探求する姿勢は、のんびりしょうもない時間を浪費していた文系大学生には味わえないスリル。

ただ、過去作の初出は6〜8年前のものとなっているので、ぶっちゃけ古びている感も否めない。現代美術のシーンなんて目まぐるしく変わっているだろうし、ここに書かれる男女のやりとりもスマホの普及によってさらに複雑化していると思う。

それこそ2012年に文芸誌で発表され、同年に単行本としても発売された『短編五芒星』なんかは、「スマホアプリを開発して収益化している人物」が出てきたりと同時代性を感じられたので「さすが舞城!」と感激したものだが……。

『されど私の可愛い檸檬

8.5/10.0

一方二冊目の本書は「家族篇」とのことで、登場人物も20〜30代の人物に設定された、「やや大人」が主人公となっている。
前作が青春の甘酸っぱさややるせなさを含みつつも、なんやかんやことの解決を見たのと打って変わり、本作はかなり読後感にしこりの残る作品が続く。

『トロフィーワイフ』は2016年の作品で、とあるTEDの講演を見た夫からの一言で自分の存在意義を見出せなくなった妻の暴走が描かれるが、ホラーのエッセンスも巧みに取り入れられてかなりゾッとする。
はたから見ると恐ろしいことが何一つ起こっていない、いや、だからこそ不気味で恐ろしい。こればかりは実際の文章を読んでもらうしかない。

続く『ドナドナ不要論』も重々しい展開が続く。マンション住まいのママ友の些細ないざこざや、妻の母からの心ない言葉にストレスを溜める会社員を主人公とした物語。
「ドナドナなんて悲しい歌の存在なんて不要だろ」と考えていた主人公が、自分の人生の悲しみと向き合うことで心情に変化が起こる様は舞城定番の展開だが、従来よりも物語に配されたディテールがリアルな分胸に響く。

そして個人的に最も強烈なのが、書き下ろしの『されど私の可愛い檸檬』だ。
ぶっちゃけこれ「家族」がテーマか?と言う疑問はあるのだけれど、何かと器用に生きていたつもりのフリーターの主人公が、本格的なクリエイティブの仕事に就くにつれて「社会とのズレ」を大きく痛感していく物語である。

舞城作品は、その世界での「割と常識人」が主人公を担うことが多いのだけれど、本作は別。主人公はいわゆる「共感力」に欠けている人物だ。直属の上司から結構な熱量で指導を受けるのだけれど、業務姿勢に改善が見られず(見せられず)むしろ上司が心のバランスを崩してしまう。
そこで主人公は責任を感じてお見舞いに行くが、それがむしろトラブルに繋がり社内で厳しい指導を受けて……と負のスパイラルに落ちていくわけだが、彼目線でこの事象を追っていくと、確かに100ゼロで主人公の責任でもない、というのが難しいところだ。

周りの人物も「社内的に面倒なやつ」というラベルが付いたのをいいことに、主人公の立場を利用/使い捨てるよう目論む人間もいたりしていて、結局は社会そのものが万人を受け入れる寛容さに欠けていることも示している。ある人物が終盤でかける言葉は非常に痛烈だ。

『〜林檎』だけ読めば、「未来に漠とした不安があっても、希望の方が大きい」と思えるのだが、『〜檸檬』も続けて読むと「大人になっても不安は地続きのままで、どのようにやり過ごしながら生きていくか」が見えてくる構成に図らずともなっていて、少し怖気を感じた二冊だった。
しかしやはり舞城作品は面白い。近年はメディアミックスの企画を多く手掛けているが、そろそろ小説にも戻ってきて欲しい。

【余談】
いわゆる「木へん」の部分がデザイン的に連動していた面白い。ブログトップに書影を並べてようやく気づいた。

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