海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

15時17分、パリ行き/The 15:17 to Paris

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アメリカン・スナイパー」「ハドソン川の奇跡」の巨匠クリント・イーストウッドが、2015年にヨーロッパで起こった無差別テロ「タリス銃乱射事件」で現場に居合わせ、犯人を取り押さえた3人の若者を主役に、事件に至るまでの彼らの半生を、プロの俳優ではなく本人たちを主演に起用して描いたドラマ。2015年8月21日、オランダのアムステルダムからフランスのパリへ向かう高速列車タリスの中で、銃で武装したイスラム過激派の男が無差別殺傷を試みる。しかし、その列車にたまたま乗り合わせていた米空軍兵のスペンサー・ストーンとオレゴン州兵のアレク・スカラトス、そして2人の友人である青年アンソニー・サドラーが男を取り押さえ、未曾有の惨事を防ぐことに成功する。映画は、幼なじみで親友同士のスペンサー、アレク、アンソニーの3人が出会った少年時代や、事件に遭遇することになるヨーロッパ旅行の過程を描きながら、ごく普通の若者たちが、いかにしてテロリストに立ち向かうことができたのかを明らかにする。(http://eiga.com/movie/88331/より)

 9.5/10.0

ものすごい映画だった。

イーストウッドはもはや全自動名作製造機と化していて、作品が出るたびに感動してばかりなのですが、御年87にしてこんな離れ業をやってのけるとは。

本作は近年の監督作品同様、実話をベースにした映画となっている。しかしこれまでとは毛色が明らかに違う。すでに周知の通りだろうが、映画に本人たちをそのまま出演させている。しかも、クライマックスとなる列車のシーンは、テロリスト以外は当時現場に居合わせた人たちで完全再現の上で撮影されたらしい。

VRや4DXやら、この頃の映像体験はテクノロジーによって作品世界への没入具合を高めているわけだが、イーストウッドはそうしたハードに頼らず、あくまでソフト=作品の強度でその没入感を表現したかったのかなと思うし、目論見通りの作品になっている。

もちろんそういった映画の「仕掛け」以外の部分も、本作は非常に魅力的だ。

まずは本作の主人公と言える、スペンサー・ストーンの持つ「信頼感」が凄まじい。職業は軍人なのだけれど、彼には「たまたまアメリカに住んでいた俺たち感」をバシバシ感じてしまう。

学校ではミリタリーものを愛するあまり、すんげーダサい迷彩Tシャツで登校しては小馬鹿にされており、学校での居心地の悪さを少ない友達と共有している。そんでもって好きなものにはひたむきにピュアかつ一直線で、なによりどう見てもめっちゃモテなさそう*1なところにシンパシーしか感じません。
ちなみに引用している画像の、謎すぎる緑のTシャツを着ているのがスペンサーさんです。地元愛なのかもしれないけど、ヨセミテってなんだよ!っていうチョイス感覚(というかガチでお母さんコーデじゃないのか?)とか、最高じゃないですか?

そしてこの作品のキーとなる、あまりにもこっぱずかしいセリフもシラフで言えちゃう眩しさ。全てが最高すぎて、他人とは思えない愛すべきナイスガイでした。

そんなスペンサーと10何年の腐れ縁の友達二人が、悪い人なわけがない。黒人のアンソニーはものすごいハンサムでモテそうなのに、中盤のスペンサーとのボンクラ旅行ではシャイさ爆裂。イタリアで出会っためちゃくちゃ美人なアジアン系の女性には「フランスって旅行先としてあり?」と聞くだけでロマンス的なフラグは皆無。男たちのボンクラ旅行の今後しか頭になさそうな様子も最高でした。

こうして書くと、この映画のどこに感動要素があるのかと半信半疑になってしまうかもしれないが、そこはぜひ半信半疑のまま観ていただきたい。

彼らは誰かを傷つけることもなく、誠実かつ善なる人として生活を営んでいる。幼い頃からのキリスト教の教えゆえかもしれないが、それにしてもあまりにイノセンスだ。
一方で善なまま生きているにも関わらず、望み通りの人生を選びきれていないもどかしさを抱えている。かつてのスペンサーはダイエットやトレーニングに勤しみ、軍人の試験を受けたのだが、最も希望していた部隊の入隊資格を得られなかった過去がある。

そんな、どこまでも平凡に生きていた人たちが、ある瞬間に行動を起こす。それは、スクリーン越しの平凡な僕らに突きつけられる。「自分ならどうするのか」と。
『デトロイト』の記事で、「現実世界にスーパーヒーローはいない」と書いた記憶があるが、この映画は逆に「すべての人がヒーローになれる」可能性を示している。
友達を大切にし、暴力を否定し、目の前の仕事を誠実にこなす。そんな退屈かもしれないけど、穏やかでかけがえのない日常を守ることが、今の社会におけるヒーローなのではないか、と言われている気分だ。

しかしかつては相当に悲惨な結末の映画ばかり撮ったとは思えないほど、この作品は純粋さに溢れている。それだけ、現代社会が希望に飢えていることをイーストウッドが感じ取っているのだろう。

*1:そりゃ叙勲後はモテてるだろうし、僕も尊敬していますが