海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

ポール・オースター『ムーン・パレス』(新潮文庫)

f:id:sunnybeach-boi-3210:20190920155658j:plain

人類がはじめて月を歩いた夏だった。父を知らず、母とも死別した僕は、唯一の血縁だった伯父を失う。彼は僕と世界を結ぶ絆だった。僕は絶望のあまり、人生を放棄しはじめた。やがて生活費も尽き、餓死寸前のところを友人に救われた。体力が回復すると、僕は奇妙な仕事を見つけた。その依頼を遂行するうちに、偶然にも僕は自らの家系の謎にたどりついた……。深い余韻が胸に残る絶品の青春小説。(https://www.shinchosha.co.jp/book/245104/より)

8.2/10.0

ポール・オースターは学生の頃にいわゆる「ニューヨーク3部作」を読んで以来ご無沙汰だったのだが、なんの気なく本作を手に取り、先日読了。

「ニューヨーク3部作」は物語こそあるもののかなり抽象度の高い小説たちだったので、それらよりはるかに分厚い本作を読むのに少し抵抗があったのだが、こちらは「物語」を読ませる小説だったのでスラスラと読めた。

本書はマーコ・フォッグこと「僕」の一人称によって、彼の青春の一幕(実際は二幕、いや三幕くらいのエピソード量だが……)が収められた小説だ。タイトルの「ムーン・パレス」はマーコが通ったコロンビア大学の近くにある学生御用達の安い中華料理屋のこと(解説によると、過去に実在したらしい)。
父親を知らず、母親を早くに亡くしたマーコは叔父に育てられ、その叔父も亡くしてしまう。保護者のいないマーコは困窮し浮浪者的な生活を送ることになるが、友人のジンマーとのちの恋人となるキティに助けられる。
その店のフォーチューンクッキーに「月は未来である」と書かれており、以降も本作は月をモチーフに話が進んでいく。

普段我々が地に足つけて生きている地球に対し、月はどこかロマンチックで幻想的な存在だ。
作中ある人物から「君は月に生きている」と評されるように、マーコは将来の展望もなくその日暮らしの生活を続けながらも、その生活は豊潤で羨ましくもある。
そんな彼が偶然の巡り合わせによって、奇しくも自身のルーツを探っていく様は小説ならではの奇跡と言える瞬間の積み重ねでとても美しい。次から次に謎が明らかになる展開なので読んでいても飽きない。そのドライブ感はディテールを書きつくすオースターの文体と、それを日本語に見事に昇華している名翻訳家の柴田元幸によるところが大きい。饒舌すぎる文体に身を委ねてほしい。

この「語りすぎる地の文」がマーコ自身のモラトリアムな精神そのものを表現しているようにも感じつつ、個人的には少し冗長かなとも感じてしまった。
もう少し若い時期に手に取って入れば生涯の一冊になりえたかもしれない。そういう意味では本書はライ麦畑的なものとも言える。

しかし若くない今読んだとしても、この作品が名作であることに異論はない。
文学的な言い回しは多いものの、その全てが写実的なので文学文学した小説が苦手な人にも薦めたい。