海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

古川日出男『とても短い長い歳月』(河出書房新社,2018)

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ニップノップのDJが過去作をミックス、縦横無尽に繋がる28作品が巨大な1作を作り上げる前代未聞の文学的企み! デビュー20周年、著者の最高のガイドブック。解説とコメンタリー付き
破格のスケールの作品群を発表しながら、現代文学で唯一無二の地平を切り拓いてきた作家・古川日出男の過去作品をニッポンのヒップホップ=ニップノップを生み出したDJが編纂(ミックス)。
縦横無尽に繋げられた28の作品が巨大な1作を作り上げる前代未聞の文学的企み!

長篇『サウンドトラック』や『聖家族』、『南無ロックンロール二十一部経』からの抜粋をはじめ、代表作『アラビアの夜の種族』幻のスピンオフや『ベルカ、吠えないのか?』のプロトタイプ等の貴重原稿、震災や三十年後の未来を描いた短篇などが、如何にしてひとつのサウンドスケープを織りなすのか――。
作家デビュー20周年記念、著者の最高のガイドブックにして極厚の入門書ともなる
古川日出男版『ポータブル・フォークナー』=『ポータブル・フルカワ』誕生(http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309027494/より)

9.0/10.0

本作は前の記事に取り上げた『ミライミライ』内のヒップホップグループのDJ産土(うぶすな)が、古川日出男のこれまでの著作をミックスした(という設定の)連作短編集。

元々異なる小説たちを一本の小説としてつないでいくという、なんとも無謀な、奇想天外な発想で編み出された作品だが、これが不思議と読めてしまう。
それもこれも古川日出男の地の文章の「語りの力」が為せるワザなのだと思う。

良い言い方をすれば「キレのある」−−身も蓋もない言い方をすれば「ハッタリが効いている」文章が、読む側に「これは一つの小説なのだな」という納得感を生み出させる。

本書に収録された小説すべてを既読なわけではないが(というか、本書には未発表の作品も織り込まれている)、個人的に最も感激したのが真ん中に置かれた『ハル、ハル、ハル』だ。

この物語はきみが読んできた全部の物語の続編だ

 という一文で始まるこの小説は、それこそ出会った高校生当時は半信半疑*1だったのだが、本書に現れた時の説得力と言ったら! 『ハル〜』が書かれた十数年前よりも世の中は荒み、格差が拡がっている状況は嘆かわしいばかりだが、この暗いながらもポップであることを忘れない小説の力強さは多くの人の救いになると思う。

密度の高い小説を物凄いスピードで量産している古川だが、こうしてカタログ的に網羅されると非常に幅広い作風の作品を発表していることを改めて実感させられる。
例えば桐野夏生トリビュートの作品は、桐野夏生的の世界観に通底する「不穏さ」を取り入れつつも彼らしさを損なわない探偵小説と言えるし(『野生夏桐』)、初期の作品に目を向けるとすでにいわゆる「純文学的な」書き手としてのフォーマットは体得できていることがわかる(『アット・ザット・カウンター・オブ・ザ・バー』)*2

 あまり古川作品を一気読みすることは勧めない(し、できない)のだけれど、本作ばかりはなるべく空白を作らずに読みつないでいくことがベスト。繋がれた曲を(小説)聴き継いでいくと、前の曲(小説)の余韻が確かに感じられるからだ。
まるで古川の「語る力」がウーファーからのベース音のように鳴り響き、クラブでのDJのミックスを擬似体験できる。またとない読書体験だ。

*1:読み終えてなんとなく理解したつもりにはなっていた。

*2:つまり、デビュー当初からすこぶる文章力が老成されていた。