海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

AIR エア(ベン・アフレック監督,2023年)

「アルゴ」のベン・アフレックが盟友マット・デイモンを主演に迎えてメガホンをとり、ナイキの伝説的バスケットシューズエア・ジョーダン」の誕生秘話を映画化。

1984年、ナイキ本社に勤めるソニー・ヴァッカロは、CEOのフィル・ナイトからバスケットボール部門を立て直すよう命じられる。しかしバスケットシューズ界では市場のほとんどをコンバースアディダスが占めており、立ちはだかる壁はあまりにも高かった。そんな中、ソニーと上司ロブ・ストラッサーは、まだNBAデビューもしていない無名の新人選手マイケル・ジョーダンに目を留め、一発逆転の賭けと取引に挑む。

CEOフィル・ナイトをアフレック監督が自ら演じ、主人公ソニーの上司ロブ役で「モンスター上司」のジェイソン・ベイトマンマイケル・ジョーダンの母デロリス役で「フェンス」のビオラデイビスが出演。(https://eiga.com/movie/99032/より)

9.7/10.0

いまだに多くの人を魅了してやまないスニーカー「エア ジョーダン1」の誕生秘話を、ベン・アフレックマット・デイモンのゴールデンコンビで映画化するとなれば、駄作になる方が難しい座組みなワケだが、初回鑑賞時は体調もあったのか見事に爆睡。

日を置いて改めて鑑賞したのだが、今年の一本と言って差し支えない傑作だった(寝ておいて何言ってんだという感じですが)。

まず興味深いのが、アメリカにおける30数年前の「NIKE」という企業の立ち位置だ。
まず、今ではスポーツブランドの中でもトップクラスにスタイリッシュな企業のイメージがあるが、当時はそのように見られていなかったことが劇中で明かされる。

NIKEは、ランニングシューズとしてはトップシェアを誇っていたものの、バスケシューズのシェアは最低だ。当時は、黒人は外を走っていると「犯罪の逃亡」を疑われる時代、そこに「NIKE=ランニングシューズメーカー」というイメージが定着するとなれば、信じがたいことに、NIKEは黒人から全くウケないブランドの代表格だったのだ。

それもそのはずで、この頃はRUN DMCが全身アディダスを纏い大人気を博していたから。黒人バスケ選手はスポンサーのコンバースを試合中に履き、ユニフォームを脱ぐとアディダスに着替えるのが当たり前の時代だったのだ。

そんな状況でNIKEのバスケ部門に雇われたバスケ選手目利きのソニーは、予算の全てをマイケル・ジョーダン1名のみの契約に絞り込むという大胆な作戦に出る。当然、黒人のマイケルはアディダスにお熱だが果たして……というのが物語前半のアウトラインで、正直話のオチは誰もが知るところであろう。

なら本作がなぜ今の時代に作られることになったのか、あるシーンでのやりとりが非常に象徴的に感じた。

「黒人ファミリーは、全権を母親が握っている」という法則に則り、マイケルの母親への直アポでNIKEのプレゼン権を勝ち取ったソニーは、休日返上でマイケルへの提案を考える。
もちろん、提案内容は一人で考えることはできないので、マーケティングのロブ、デザインチームのピーターたちも徹夜で働くわけなのだが、休日出勤中のロブの会話が印象的だ。

「俺には離婚して日曜にしか会えない娘がいる。その日曜を返上して、今お前の仕事を手伝っているんだ」

こういう「企業もの」の映画だと、クライマックス前に割と無理な労働をして勝利を勝ち取る「デスマーチ展開」がお約束だが、そこへの自己批判が見て取れる。
さらにロブは

NIKEのスニーカーはアジアの貧困国の工場で作らせている」

と、当時問題になったNIKEの雇用形態にも言及するなど、かなり踏み込んだつくりになっている。NIKEへの忖度をあまり見せず、今の時代からの批判も織り込む映画作りの姿勢は、さすがベン・アフレックといったところだ。

いちNIKEファンとしては「エア ジョーダン1」の、「罰金を払い続けて、NBAの規定を無視した配色のスニーカーを作る」という革新的なコンセプトを作中で結構あっさりロブが決めてしまったのが物足りなかったりするが、そこ以外は非常に楽しめた傑作。

クライマックスとなるマイケル一家へのプレゼンシーンも、「時間がない中プレゼン準備してチグハグなものになる」という社会人あるあるで笑わせるし、スニーカーに興味のない人も面白く観れる一本。

youtu.be