「オールド・ボーイ」「お嬢さん」のパク・チャヌク監督が、殺人事件を追う刑事とその容疑者である被害者の妻が対峙しながらもひかれあう姿を描いたサスペンスドラマ。
男性が山頂から転落死する事件が発生。事故ではなく殺人の可能性が高いと考える刑事ヘジュンは、被害者の妻であるミステリアスな女性ソレを疑うが、彼女にはアリバイがあった。取り調べを進めるうちに、いつしかヘジュンはソレにひかれ、ソレもまたヘジュンに特別な感情を抱くように。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに見えたが……。
「殺人の追憶」のパク・ヘイルがヘジュン、「ラスト、コーション」のタン・ウェイがソレを演じ、「新感染半島 ファイナル・ステージ」のイ・ジョンヒョン、「コインロッカーの女」のコ・ギョンピョが共演。2022年・第75回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。(https://eiga.com/movie/97018/より)
9.6/10.0
本作のあらすじだけを追ってしまうと「中年ラブコメ」でしかないのだが、そうした物語をパク・チャヌクが描くとここまで豊潤な作品になるのか!と驚く傑作。*1
たしかファッションデザイナーの山本耀司が「自分は、実在しない理想の女性のための服を作り続けている」と話していて、その思想に強く惹かれたことがあるが、本作は自分にはそうした感覚をもたらしてくれる作品であった。
容疑者である女性が、もしかすると自分の理想の人なのかもしれない。
そうであると犯人として真相は暴きたくないが、捜査を口実に彼女には会いたい、だけどもいち刑事としての矜恃は保ちたい……と、とにかく主人公のヘジュンは矛盾する思いを抱えながら捜査を続けていく。*2
ヘジュンはとにかくスマートな刑事で、韓国映画の刑事と言えばとにかくほぼ犯罪に近い暴力的な尋問や、賄賂にまみれるかの2択ばかりなのに、やたらとジェントルに振る舞うのも魅力的だ。
妻の仕事の関係で週末婚状態のため、料理含む家事は難なくこなせるし、仕事柄徹夜続きでも清潔感は欠かさない。「こんな刑事いねーだろ」と言ったらそこまでなのだが、ヘジュンの非現実感が一層本作の魅力になっている。
対する容疑者であるソレも、幻想的な役をやらせたら右に出るものはいないのでは……というくらいのタン・ウェイのファム・ファタールぶりが素晴らしい。
理想的な男女が最悪な形で出会ってしまう、といういわばサスペンス風『ロミオとジュリエット』として楽しめるが、ヘジュンの「天然人たらしスキル」にフォーカスすると、タイトルの意味も納得する。この映画は、誰もが「ヘジュンから別れることを決心」しているように思えるからだ。
ヘジュンの周りの人間は、男女問わずその魅力に惹かれている。例えば部下のスワンはいち早くヘジュンがソレに惹かれていることを察知し、なにかと操作に介入したりする。さっさと逮捕してしまえば縁も切れるわけだから。
ヘジュンの妻も、夫の他者を惹きつける魅力に気付いており、週末婚では毎週体を重ねて、子作りというよりは夫との繋がりを求める描写が作品冒頭にある。
ただ、彼らはヘジュンがどうしようもなくソレと惹かれ合っていることを察してしまう。*3
彼らの「別れる決心」を見届けた後、ヘジュンとソレはどうなるのか……結末は皆さんの目で確かめて欲しい。