海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

家族を想うとき/Sorry We Missed You

f:id:sunnybeach-boi-3210:20191219091354j:plain

麦の穂をゆらす風」「わたしは、ダニエル・ブレイク」と2度にわたり、カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを受賞した、イギリスの巨匠ケン・ローチ監督作品。現代が抱えるさまざまな労働問題に直面しながら、力強く生きるある家族の姿が描かれる。イギリス、ニューカッスルに暮らすターナー家。フランチャイズの宅配ドライバーとして独立した父のリッキーは、過酷な現場で時間に追われながらも念願であるマイホーム購入の夢をかなえるため懸命に働いている。そんな夫をサポートする妻のアビーもまた、パートタイムの介護福祉士として時間外まで1日中働いていた。家族の幸せのためを思っての仕事が、いつしか家族が一緒に顔を合わせる時間を奪い、高校生のセブと小学生のライザ・ジェーンは寂しさを募らせてゆく。そんな中、リッキーがある事件に巻き込まれてしまう。2019年・第72回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。(https://eiga.com/movie/91138/より)

9.9/10.0

ただひたすら壮絶で強烈先日の記事で「この映画は僕たちの住む世界そのものを映している」と書いたばかりが、本作のそれはさらに何倍も鋭利なもので、海の向こうのイギリスの出来事でありながら、我々の目の前にも立ちはだかっている事実だ。

2度目のパルムドールを受賞した『私はダニエル・ブレイク』で引退を表明したはずのケン・ローチ監督だが、『私は〜』の取材を進めていく中で本作のピースも垣間見たという。
本作も『私は〜』同様、ワーキングクラスにふりかかる理不尽な搾取体制が生々しく描かれる。サブプライムローンに端を発する金融機関の破綻で、持ち家を持てなくなり借金だけが残った家族が主人公だ。

一家の大黒柱であるリッキーは不況のあおりを受けて配管工の職を追われ、運送業フランチャイズ契約を結び配送ドライバーとなる。
名義上こそはオーナーではあるが、仕事に穴を空けたり、ドライバーの位置が分かるスマート端末を壊せば制裁金を課せられ、まともな収入を得るためには1日14時間-週6日間働かないとならない。いわゆる「奴隷契約」と呼ばれるブラックな搾取体制だ(この話を聞けば、誰もが我が国のコンビニオーナーの契約を連想するだろう)。

妻のアビーも介護福祉士として働くが、要介護者の家々を移動する時間は労働時間に換算されず、なおかつ移動費は自腹。リッキーの運送業のバンを買うために彼女の車は売ってしまったので、一日中バスに乗って移動を繰り返す毎日。良識ある老婆の家で彼女のシフト表を見せるシーンがあるのだが、あまりの過酷なスケジュールに老婆も絶句している。

家に家族が揃わない時間が増え、兄のセブは不良めいた友達とつるみ、妹のアビーは不眠症になってしまう(かつては二人とも成績トップで聡明な少年少女でもあった)。借金に劣悪な労働環境、家庭内の不和……ただ真面目に働いていただけの人たちが、現代社会のシステムの不全ゆえに、何重もの責め苦にがんじがらめにされていく辛さをカメラは淡々と収めていく

ただこの映画は辛さだけを映しているわけではない。中盤の珍しく家族が全員揃った夕食の場面はただ家族全員が笑っているだけで涙を誘う温かい今年屈指の名シーン*1だ。
それぞれがそれぞれの事情を抱えながらも、なんとか家族としてのバランスを取ろうとしている様は誠実で心を揺さぶられる。

あとはケン・ローチお得意のサッカーネタ。前作は世代も立場も国境も超える小道具として機能していたが、本作では客と配達人の立場を超越するギャグシーンとして投下されていた。この辺りは本作のひと時の清涼剤といったところだろう。

ただそれにしても、ラストの展開の壮絶さはまるでこの世界の辛辣さをそのまま映し出しているようでとにかくしんどかった。資本主義が続く限りひたすらに搾取する/される関係性が続くのだと思うととにかく辛い。
原題の「Sorry We Missed You(残念ながらお会いできませんでした)」は、不在票に記載されている慣用表現だが、この不在票を用いた最後のシーンは悲しすぎて直視ができない。不在票の文句が転じて、家族のすれ違いのメッセージとなる……映画としては非常に巧みなオチの付け方だが、胸が張り裂ける。

映画に求めるものは人それぞれで、本作は娯楽とは程遠い作品なのだが、だからこそこの映画を、ひいては今の社会を直視してもらいたい。

【超蛇足】
これは書こうか悩んだのだが、映画サイトにて本作に「時間とお金のバランスの難しさを知った」という主旨のレビューが試写会時点で投稿されていて、ひっくり返りそうになった。
要は「お金が欲しくて長時間働くと、家族との時間を失ってしまう」とのことで、まぁそれはそうなんだけど、週6日14時間働いても、この家族は豪華な生活を送っているわけではなく、彼らは生活水準ギリギリ下回っている生活だ*2それはもう本人たちの時間配分以前の、社会の機能不全の問題だろう。

その人は本作に限らず結構な本数を試写会で観てはレビューしているのだが、あまりにも的外れで浅はかな感想を試写会終わりに書かれたのでは、本作の持つメッセージが大きく損なわれてしまう。まぁ僕が人様に意見できるような立派な文を書いているのかと言えば違うけど、多くの人が情報を拾いにいく映画サイトに載せるのなら、最低限のリテラシーは持つべきだと思う。

本作のパンフレットでも監督は「本作を観た観客が、彼ら家族を自分のように思いやる心を持てなければこの映画を作った意味はない」というコメントを寄せている。

*1:この後のセブの提案がなんとも泣けるのよ。

*2:子供に2着目のゴアテックスジャケットを買い与えられないレベル