海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

LOVE LIFE(深田晃司監督,2022年)

「淵に立つ」でカンヌ国際映画祭ある視点部門の審査員賞を受賞するなど、国際的に高い評価を得ている深田晃司監督が、木村文乃を主演に迎えて描く人間ドラマ。ミュージシャンの矢野顕子が1991年に発表したアルバム「LOVE LIFE」に収録された同名楽曲をモチーフに、「愛」と「人生」に向き合う夫婦の物語を描いた。

再婚した夫・二郎と愛する息子の敬太と、日々の小さな問題を抱えながらも、かけがえのない時間を過ごしていた妙子。しかし、再婚して1年が経とうとしたある日、夫婦は悲しい出来事に襲われる。そして、悲しみに沈む妙子の前に、失踪した前の夫であり敬太の父親でもあるパクが戻ってくる。再会を機に、ろう者であるパクの身の回りの世話をするようになる妙子。一方の二郎も、以前つきあっていた女性の山崎と会っていた。悲しみの先で妙子は、ある選択をする。

幸せを手にしたはずが、突然の悲しい出来事によって本当の気持ちや人生の選択に揺れる妙子を、木村が体現。夫の二郎役に永山絢斗、元夫のパク役にろう者の俳優で手話表現モデルとしても活躍する砂田アトム。第79回ベネチア国際映画祭コンペティション部門出品。(https://eiga.com/movie/96701/より)

9.2/10.0

静かながらも鋭い切れ味を持った傑作、『本気のしるし』も記憶に新しい深田監督の最新作。本作においてもこれまでにない感情を思い起こさせる、今年の一本と言って良い作品に感じた。

ただ一点気をつけてもらいたいのが、本作が「息子を喪った母親の映画」と聞いて、多くの人が求めるであろう「救い」や「癒し」を明確に届ける感動映画にはなっていないことだ。
なら本作は何を描いているのか?と聞かれると、それについても明確に答えるのは難しい。最もシンプルに書くなら、冒頭で引用したように「愛」と「人生」についての映画であるだろう。

 この映画の「難しさ」の一つは、出てくる人間の持つ多面性だ。
普通息子を喪った母親というヒロインがいれば、彼女への感情移入がスムーズに進むように周りの人間には「役割」が与えられるだろう。特に「ヒロインの責任があると責める人」や「ヒロインを慰める人」などは必ず出てくると思う。

しかし本作ではそういう「物語を進める役割だけを持った人間」は出てこない。
言ってしまえばとてもリアルで、リアルであるからこそ単純に感情移入ができないよう設計されているように感じる

例えば、ヒロインの夫・二郎の職場の後輩に「山崎」という女性がいる。
登場当初からただならない雰囲気を出している彼女は、実は二郎が結婚直前まで付き合っていた女性で、しかも二郎の父親で上司にあたる誠のバースデイサプライズのメンバーに選ばれている。
普通ならそんな現場に出向くことは考え難いし、結局は現場から泣いて逃げ去ってしまう。単純なキャラクターデザインとしては理解に苦しむ設定なのだが、血の通った人間は、時としてそういった行動に出てしまうことがあるのではないだろうか。

このような形で「実は気遣いに長けているようで時折配慮の足らない言動がある義母」「理知的な人間なのに、思わず感情に身を任せてしまう義父」「誠実であろうとしても、ずるさに逃げてしまう夫」など、紋切り方でない……言ってしまえば実際に我々の社会で生きているような人間たちが、スクリーンに映っている。
さらに言ってしまうとそうした人間臭さはヒロインの妙子も持っている。
これを新鮮に受け取れるかで本作への評価が変わってくるのではないかと感じている。

人間社会に生きる我々は「理屈」や「倫理」の中で生きていても、時折ふと「感情」を優先する瞬間も大いにある。
その感情の持つ「揺らぎ」のようなものに、本作は焦点を当てる。人がそれぞれ違う人であれば、同様に「揺らぐ瞬間」も異なってくる。その瞬間がどういったものかを見つめることが、とても豊かな鑑賞体験になると感じた。

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