海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

Swallow(カーロ・ミラベラ=デイビス監督,2019年)

 

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ガール・オン・ザ・トレイン」「ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌」のヘイリー・ベネットが異物を飲み込むことで自分を取り戻していく主婦を演じるスリラー。ニューヨーク郊外の邸宅で、誰もがうらやむような暮らしを手に入れたハンター。しかし、まともに話を聞いてくれない夫や、彼女を蔑ろにする義父母の存在など、彼女を取り巻く日常は孤独で息苦しいものだった。そんな中、ハンターの妊娠が発覚し、夫と義父母は待望の第一子に歓喜の声をあげるが、ハンターの孤独はこれまで以上に深くなっていった。ある日、ふとしたことからガラス玉を飲み込みたいという衝動にかられたハンターは、ガラス玉を口に入れて飲み込んでしまう。そこでハンターが痛みとともに感じたのは、得も言われぬ充足感と快楽だった。異物を飲み込むことに多幸感を抱くようになったハンターは、さらなる危険なものを飲み込みたい欲望にかられていく。(https://eiga.com/movie/94149/より)

9.5/10.0

緊急事態宣言もあり、仕事帰りの映画鑑賞ができなくなってしまった。
かなり鑑賞本数が減ってしまうことが予測されるが、いざ上映リストを見ても食指が動くものが少なく、いささかストレスを感じている。
そんな中先日鑑賞した本作はおそらく今年のベスト候補に入るであろう傑作映画だった。
監督の持つ作家性や世界観が随所に感じられていて、尚且つ新しい感覚を受け手にもたらしてくれる。

あらすじにある通り、本作は異食症を発症した女性が主人公だ。まず「異食症」をモチーフにしたところが非常に巧みだと感じる。
僕らは多かれ少なかれ「異物を口に入れた経験」があると思う。*1
その経験があるからこそ、主人公のハンターが飲み込むモノのインパクトや異常性がダイレクトに伝わる。
あまりにも飲み込むシーンが克明に映されるため、自然と異物を飲み込む感触を想像できてしまうのが「しんどい、けど凄い映像」として目に焼き付く。

一方で、映される画そのものは制作陣の美学が詰まったような美しさに満ちている。
ハドソン川を眺める雄大なガラス張り自宅の風景や、その大きな窓ガラスに赤と青のフィルムを貼り付ける色彩センス……。
ショット一つ一つが美しく、それはハンターが異物を飲み込むシーンも例外ではない。
「美しいけど、気持ち悪い」この絶妙さが観客の目を奪い、映画の世界にどんどんのめり込ませていくのだ。

映像だけでなく脚本も巧みだ。
彼女自身の個性よりも「家族としての器が壊れないこと」ばかりを気に掛ける夫やその両親。
「女性は産む機械」とはこの国で発された最低の言葉だが、その精神性を悪意なく地でいく夫家族の、「悪気はないからこそより残酷である」ことが要所要所で嫌味たっぷりに描かれる。
*2

姑に至ってはハンターをサシで呼び出し「あなたは本当に充実した人生を送っているの?」と、自分が枠に嵌め込んだくせに彼女を追い詰める始末。
個性を徹底して奪われた彼女が「個性を取り戻すため」に辿り着いたことが「常人が行わないこと=異物を飲みこむこと」であったと考えると非常に切なくなるし、そこまで彼女を追い詰めてしまったこの社会への鋭い批判を感じさせる。

そしてネタバレは避けるが、彼女には出自に関する秘密があり、それにまつわる物語が映画の後半をよりスリリングにしていく。

映像良し、脚本良しの優れたフィルムを年始早々観れたことは幸先が良い。
ただ、コロナ禍の影響なのかパンフレットが作られていないことは非常に残念だ。
実際にこの社会で異食症に悩む方や、やや抽象的な終わり方を迎えたこの映画への他者による批評などを読んでみたかったので。

*1:子供の頃とか、意味もなくシャーペンの芯食べたりしてた……よね?みなさんも?

*2:※ただ、劇中で出てくる「ネクタイのアイロン」については、もっと夫婦の初期に起こりそうな事件なのであまりリアリティがなかった