海辺にただようエトセトラ

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the chef cooks me『Feeling』(2019)

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the chef cooks meの6年ぶりのフルアルバム。2019年10月2日発売。

01. Now’s the time (New Feeling)
02. CP
03. 最新世界心心相印 (New Feeling)
04. dip out (feat. imai)
05. Evening
06. Salad Dayz (feat. YeYe)
07. AMBIVALENT (feat. Nick Moon)
08. 浮世
09. Feeling (feat. Hiroko Sebu)
10. 踵で愛を打ち鳴らせ (feat. Gotch, YeYe, Hiroko Sebu&TEN)

10.0/10.0

ヒトから湧き上がる感情というのは、つくづく複雑なものだ。
感情の種類を最も簡単に表現した言葉は「喜怒哀楽」なのだろうけど、高度な情報化社会である昨今、「喜び」「怒り」「哀しさ」「楽しさ」だけでヒトの感情を表現するのは困難だ。

「哀しさ」ゆえの「怒り」だったり、「楽しさ」の中に「悲しみ」を見出したりと、一言ではいえない感情が湧き上がることがほとんどではないだろうか。

例えば、無表情にスマホへ「ww」と投稿したり、自分にとって悲しい出来事を戯画化し、笑い話として発信した経験があるように……。
 
そのように僕たちは複数の感情をないまぜに、時と場合に応じてグラデーションの強弱をつけながら生きている。
こう書くと大げさになってしまうが、急激に変化する複雑な社会で生きていくためには、「感情のグラデーション化」は必要な術なのだろう。
そして、それらの感情に「正解/不正解」はない。
社会や道徳の尺度に照らし合わせた「良し悪し」はあったとしても、人間の「フィーリング」や「思想」は自由が認められている(はずだ、と信じている)。
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前置きが長くなってしまったが、ないまぜの感情が溢れかえってしまった状態を、決して「正解だ/不正解だ」とあっさり断言せず、誠実に向き合い歌い上げている作品が、the chef cooks meの最新アルバム『Feeling』だと思う。

「待望の」という言葉がふさわしい本作は、傑作アルバム『回転体』ぶりに手に取る方も多いと思う。そんな方達は、非常にドラスティックな変化があったと受け取るのではないだろうか。

従来のバンドサウンドから解き放たれた音の数々(とは言っても、楽器自体はアルバムの中で生き生きと鳴っている)は、イメージとしては「打ち込みで作られたオケが、生楽器によって豊かに再解釈されている」という印象を受ける。*1

例えばラッパーが、ライブ時はオケではなく生バンドを率いてライブをした時のような「開放感」や、ジャズを経由したエクスペリメンタル的な浮遊感を感じさせる。

そして「正解/不正解」を定義していない点は、曲の展開にもそう言ったことが見出せる気がする。いわゆるJ-POP的な、「Aメロ→Bメロ→サビ」というお決まりの展開から逸脱した曲も本作にはあるからだ。
こう言った変化は、所属メンバーの変遷も影響されているかもしれないが、その辺りは特に記さない。誰が入れ替わろうとも、本作は紛れもなく「the chef cooks meの最新アルバム」であるのだから。

そう言い切れる根拠として、彼らのファンならば真っ先に魅力として挙げるだろう「歌詞の素晴らしさ」が不変だからだ。いや、正確に書けば、時を重ねたことによりさらに表現の幅を広げている。

やはりこのアルバムを象徴するのは、オープナーでもあり「復活以降」の活動の軸でもあったM-1「Now’s the time (New Feeling)」の歌詞だろう。リズミカルに要所で刻まれる韻も心地いいが、歌詞に目を向ければ「敵はいない」と言い切れる力強さにハッとさせられる。
ポジティブ一辺倒ではない、ソングライターであるシモリョーの苦悩も見え隠れするこの曲が、ゴスペルのような祈りとともに壮大なフックに向かう展開は非常に感動的だ。

M-5の「Evening」リリカルさにも胸を打たれる。終点のない「山手線」に「どこへも行けない」自分の心情を重ねる主人公が、月を見ながら電車に揺られる様子は、東京という街の遣る瀬無さを端正に描く。

そして個人的に最も気に入っているのが、M-7の「AMBIVALENT (feat. Nick Moon)」だ。
社会への疲弊感を表したような、気だるい抑揚とともに歌われるのは「それでも他者を信じる言葉」だ。

拝啓、
明日を諦めた人よ
愛なき言葉に傷付いた君よ
生まれたばかりの新しい命よ
触れられぬ距離で涙するあなたよ

(M-7「AMBIVALENT (feat. Nick Moon)」より)

後半でのNick Moonと織りなす多重的なコーラスも、非常に絶品だ。

−−この調子で全曲に触れていきたいが、長文のあまりほとんどの方が離脱する頃合いだろうからラストを締めくくるM-10「踵で愛を打ち鳴らせ (feat. Gotch, YeYe, Hiroko Sebu&TEN)」について書きたい。

ASIAN KUNG-FU GENERATIONのシングルをカバーしたこの曲は、単なるトリビュートにとどまらない、あたらしい歌として生まれ変わっている。
311の震災後に披露され、「不謹慎」をはねのけ踊ることを賛美した「踵〜」には、個人的にも一際思い入れが強かった。だからこそ、新しい愛によって包まれたこの曲の誕生を心から祝福したい。
新たに追加されたTENによるラップパートも素晴らしい。レゲエの風合いも感じさせるピースフルなバイブスが心地よく、まるで原曲にもラップパートがあったかのようなナチュラルな佇まいで最後のフックへ繋げてくれる。

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生きる時間を重ねるごとに、息苦しさが募っていくような時代。
現代には、悩みを吹き飛ばすような「魔法の呪文」は存在しないのかもしれない。
けれど正解を出せずとも、そばに寄り添ってくれる音や言葉の数々が、このアルバムには込められている。

聞き方も受け取り方も自由だが、ここに収められた曲たちは、「あなたのいつかのフィーリング」にマッチすると思う。

それだけは断言させてください。

P.S.

本作はCDで購入すると、帯のQRコード経由で「デジタルブックレット」が閲覧できる仕組みになっている。
そこには楽曲のクレジットや参加ミュージシャンのSNSリンクなどが貼られており、シェフの「愛」が込められたクローズドな空間となっている。

ブログ的につづられる「Feeling」というコンテンツも読み応えがあってとても面白い。
興味のある方はCDでのご購入をお薦めします。

*1:いや、多くのバンドがそういう風に音源を制作しているのだろうけど、今作にはその印象が特に顕著なのだ。