海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

僕たちは希望という名の列車に乗った/Das schweigende Klassenzimmer

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ベルリンの壁建設前夜の東ドイツを舞台に、無意識のうちに政治的タブーを犯してしまった高校生たちに突きつけられる過酷な現実を、実話をもとに映画化した青春ドラマ。1956年、東ドイツの高校に通うテオとクルトは、西ベルリンの映画館でハンガリーの民衆蜂起を伝えるニュース映像を見る。自由を求めるハンガリー市民に共感した2人は純粋な哀悼の心から、クラスメイトに呼びかけて2分間の黙祷をするが、ソ連の影響下に置かれた東ドイツでは社会主義国家への反逆とみなされてしまう。人民教育相から1週間以内に首謀者を明らかにするよう宣告された生徒たちは、仲間を密告してエリートとしての道を歩むのか、信念を貫いて大学進学を諦めるのか、人生を左右する重大な選択を迫られる。監督・脚本は「アイヒマンを追え!ナチスがもっとも畏れた男」のラース・クラウメ。(https://eiga.com/movie/89977/より)

8.6/10.0

5月中旬上映の本作をようやく劇場にて観賞。青春映画のお手本のような快作だった。

終戦後かつベルリンの壁建造以前という、あまり日本人とは接点のない舞台設定なのだけれども、民主主義という国の根幹が揺らぎつつあるこの国では、確実に今の時代に見るべき作品であると強く感じた。

あらすじは冒頭の引用を読んでいただくとして、まず素晴らしいのが主人公たちは必ず民主主義を愚弄しない姿勢だ。東ドイツという、「社会主義」の支配下にある国なのに意外に思われるかもしれないが、彼らは「本来の国家や社会のあるべき姿」というのをしっかりと持ち、互いの意見を尊重する。*1
だからこそ一人の生徒の提言から始まった黙祷について、反対していた生徒も最終的に従う。

黙祷が「反政府的な行為」だとされるのを恐れた生徒たちは、「亡くなったサッカー選手への追悼の意味だった」と弁明しようというが、黙祷を提唱した主人公クルトはこれに反対する。
しかし最終的には多数決で、黙祷の意図はごまかすことになったのだが*2、クルトは「個人的には反対だが、従う」と話す。

高校生なのにここまで遺恨を残さず集団で決めた意見に従うって、単純に凄過ぎない?

成熟した考えの持ち主である生徒たちは、意地でも首謀者が誰であったか口を割らない。たとえ黙祷に当初反対していた生徒たちも、「お前(クルト)がこんなこと言い出さなければ」など責めることなく、尋問には白を切る。

きっと戦争を幼くして体験していら彼らは、「権利とは勝ち取るもの」であると理解していたのだろう。原理原則にのっとり行使すべきと考え、互いを尊重し合う姿勢を崩さない。
だってもしも「首謀者を言わなければクラス全員の卒業資格を取り消す」と言われたら、この国で口を割らずにいられる高校生がいるだろうか?(ご多聞に漏れず僕自身もあっさりゲロると思う)

個人的には惜しいと感じたのは邦題。エモーショナルで良いタイトルだとは思うけど、原題は『沈黙する教室』。これ、ダブルミーニング*3になっててめちゃくちゃ上手いタイトルだし、これで良かったのでは?

非常にテンポ良く話は進むし、悪い意味での「文芸作品臭さ」もないので、普段ミニシアター系を観ない方にもオススメしたい作品。

↑原作本。著者の実体験をもとに書かれた(!)ものらしい。
積読が山ほどあるので消化次第手をつけたい……

*1:別に「社会主義」と「民主主義」は対義語じゃないんだけど、勘違いしがちですよね。

*2:まぁこれがさらに事態を悪化させるっちゃさせるんだけども……。

*3:いうまでもなく「2分間黙祷をした」ことと、「首謀者をバラさなかった」ことの両方の「沈黙」にかかっている。