海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(2019,新潮社)

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優等生の「ぼく」が通う元・底辺中学は、毎日が事件の連続。人種差別丸出しの美少年、ジェンダーに悩むサッカー小僧。時には貧富の差でギスギスしたり、アイデンティティに悩んだり。世界の縮図のような日常を、思春期真っ只中の息子とパンクな母ちゃんの著者は、ともに考え悩み乗り越えていく。落涙必至の等身大ノンフィクション。(Amazon紹介文より)

9.0/10.0

何かと話題の書なので手に取ったが、とても示唆に富んだ面白いエッセイ/ノンフィクションだった。

Twitterでは「子供が社会の矛盾をフラットにかつ痛烈に指摘する話」*1を良く見かけるが、本書はその背後にある社会のディテールが細かく書き込まれているのでとても説得力がある。

やはり何よりも秀逸なのがタイトルだろう。スウェーデン人と日本人をルーツに持つ著者の息子はイギリスでは「アジア系(イエロー)」と見られるが、著者の故郷(日本・福岡)では「ハーフ(白人・ホワイト)」と見られる。どっちにも属せないやるせなさを「ブルー」と称するセンスたるや。

著者一家が住む街、ブライトンはロンドンの南にある海辺の町で、住むエリアによって貧富の差が激しい都市だ。当然ながら移民も多くいるため、人種も多岐にわたっているのだがその分非常に根深い差別も横行している。
人種・階級に根ざしたアイデンティティを意識し始める思春期の子供たちが、学校や地域で繰り広げる諸問題が、本書は小気味良い語り口で書かれている。
雑誌連載をまとめたものなのでそれぞれ独立したエピソードとして楽しむことができるが、本作の根幹にあるのが第5章で取り上げる「エンパシー」という言葉だろう。
著者の息子が「自分で他人の靴を履くこと*2」と語る「エンパシー(共感)」は、イギリスでは「磨ける感性である」とし、教育を行なっている。

自分と異なる多様な人々が暮らす社会だからこそ、それぞれの人に立って考え日々を過ごすべきであるという、当たり前だが当たり前だからこそ持つべき考え方についての教育が「シティズンシップ・エデュケーション」として組み込まれているのだ。
日本の教育では「道徳の授業」にあたるものだろうが、果たしてわが国ではこういった教育が果たして十全になされているのか……少し疑問に思った。

とはいえ(当然、とも言える)、イギリスにはイギリスの問題がある。先述した通り人種差別が、特に貧困層の間ではまかり通ってしまっているようだ。

「(略)僕の前に知らない車が止まって、窓が開いて『ファッキン・チンク』って男の人が叫んだ」
中学の制服を着ているとはいえ9歳くらいにしか見えない小さな子どもを相手に何を言っているんだろうと思いながら、わたしは尋ねた。

「どんな人だった?」
「たぶん、17、18歳ぐらいかな。ジャージ着て、キャップをかぶってた」
「で、どうしたの?」
「相手の顔を見ないようにして、黙って違う方向を見ていたら、走り去っていった」
「うん。それでいい」

とわたしは言った。レイシストに向かって中指を突き立てて戦う意思を表明しましょう、と言うのは、社会運動の世界の中での話である。英国のリアルなストリートで小柄な中学生がそんなことを表明していたら、相手は車から降りてきてボコれるだけボコったに違いない。(P32より)

 一方で日本人である著者が無意識に行なってしまった差別も本書では描かれる(第9章)。

誰もが差別における加害者となりうる社会だからこそ、多様性とは面倒くさいものなのかもしれない。しかしそのメンドくささの上にあぐらをかくわけにはいかない。
自分の怠惰が、誰かの生活を息苦しくしているかもしれないからだ(そして、それは自分にも返ってくるだろうから)。

【蛇足①】

本書を読んでいるときに頭で鳴り続けていたのがSEEDAの名曲「Live And Learn」と「FLAT LINE」だ。どちらも彼自身が幼少期過ごしたロンドン〜日本での生活を歌い、両者の社会で感じた疎外感を巧みに表現している。

アジア人だからできなかったこと
日本人だからstick upされたこと
人種や宗教文化もろとも育ちながら感じ取ったロンドン
たれ目つり目指とって言葉は「Japanese, Chinese, English」ってまたか
いまだから笑える思い出 ガキの頃はただもどかしかったけど
生活の格差でねたまれる 不定職者は容易に目に映る
ガキのめん玉に貧困ぼやけ見えかすれ
ボンボンな俺苦しみ見ず明日へ time lagはなく過ぎる思い出
news agent駄菓子漁って 無邪気な風に吹かれて
笑い飛ばしてく(「Live And Learn」より)

外国人俺もそうだった 偏見の目なんて馴れてた 受け入れてもらえる事探した
ロンドンでみつけたサッカー 言葉だったそれが 言葉だったそれは 信じてやまない力言葉を越える言葉
俺は知ってるから 皮膚の下を流れる赤 俺は知ってるから 胸の奥のハートの型
暴力圧力は個々のエゴ 振りかざされても飲めない下戸
車やチェーンや異性や¥やFAMEだけじゃない shameな面は 至上主義がメインなゲーマー
例え涙 painはaloneだ 人の歴史 ain’t カルマ 地球上の裸の王様
優越感より罪悪感だな 劣等感より安心感から
幸福感得る 人が違うのは一人じゃ幸せになれないから(「FLAT LINE」より)

【蛇足②】

Netflixで鑑賞中のイギリスのドラマ、『セックス・エデュケーション』では水泳部エースが高校のヒーローとして描かれている。中高6年間水泳部で微塵もモテなかった僕にとってはにわかに信じ難かったが、本書の第6章を読む限り水泳は応援する側もアツい人気のスポーツなんだなと感じた。泳力においても格差が現れる描写は必見。

*1:こういった話はよく「嘘松」と揶揄されがちだが、真偽をここで問うことはしない。

*2:英語の慣用句らしい