海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

37セカンズ

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出生時に37秒間呼吸ができなかったために、手足が自由に動かない身体になってしまった女性の自己発見と成長を描き、第69回ベルリン国際映画祭パノラマ部門で観客賞とCICAEアートシネマ賞を受賞した人間ドラマ。脳性麻痺の貴田夢馬(ユマ)は、異常なほどに過保護な母親のもとで車椅子生活を送りながら、漫画家のゴーストライターとして空想の世界を描き続けていた。自立するためアダルト漫画の執筆を望むユマだったが、リアルな性体験がないと良い漫画は描けないと言われてしまう。ユマの新しい友人で障がい者専門の娼婦である舞は、ユマに外の世界を見せる。しかし、それを知ったユマの母親が激怒してしまい……。主人公のユマと同じく出生時に数秒間呼吸が止まったことによる脳性麻痺を抱えながらも社会福祉士として活動していた佳山明が、オーディションで見いだされ主演に抜てき。母親役を神野三鈴、主人公の挑戦を支えるヘルパー・俊哉役を大東駿介、友人・舞役を渡辺真起子がそれぞれ演じる。ロサンゼルスを拠点に活動するHIKARI監督の長編デビュー作。(https://eiga.com/movie/89602/より)

9.5/10.0

本作がデビュー作とは思えないほど洗練された映画作品で、いい意味で「邦画ばなれ」した傑作。

物語そのものは言ってしまえば「ベタな自分探し」なのだが、映画の作りが素晴らしい。
例えば冒頭のシーン、主人公ユマが母親と炎天下の外出を終え、二人でシャワーを浴びる。シャワーを浴びるためには(当然だが)衣服を脱いで浴室に向かう必要がある。
ここはぜひ観てもらいが、女優の所属事務所への忖度を感じるようなカットがない。普通に裸になり、シャワーを浴びる極自然な姿を演じる役者陣の姿勢にとても感銘を受ける。開始5分で「この映画の作り手は本気なんだな」と観客に感じさせるのだ。

他にも、役者のネームバリューに頼らず要所要所で絶妙なチョイスを見せるキャスティング、ロケーションごとに明確に変わるカラーリング、主人公ユマの生き方を思わせるような優しくも芯を感じさせるエレクトロニカの劇伴……全てが高次元に調和した美しい映画である。*1

やはり特筆すべきは自身も脳性麻痺を抱えている主演女優の佳山明の存在感。パンフレットによると、すでに出来上がっていた脚本のキャラを佳山に合わせて多少書き直したらしいが、主人公ユマのイノセントな人間性を、透明感豊かに表現していた。

彼女だけでなく、周りに配されたリアリティの強度も高い。障害者の性生活を含む「営み」を赤裸々に語ってきた熊篠慶彦の出演や、彼と逢瀬を重ねる障害者向けの性サービスを行う女性(にして、ユマの良き理解者)の存在もスルーせずに正面から描く。それを僕たちが正面から観ること、理解することから多様な社会に向けたはじめの一歩が踏み出せるのだろうなと感じた。

月並みなことを書いてしまうが、障害者が障害者たるゆえんは我々が暮らす社会そのものに障害があるからなのだろう。
車椅子では移動できない段差、根底にある偏見……それらを取り除いていく力が、要所でかかるCHAIの楽曲が増幅させていたことも加えて書いておきたい。

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*1:少し歌舞伎町が美化されすぎているきらいもあるが、多様性/アウトサイダーの聖地としては異論はない。