海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

白取千夏雄『全身編集者』(おおかみ書房・2019)

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雑誌『ガロ』の副編集長として知られる白取千夏雄の自伝。自主出版レーベル「おおかみ書房」より2019年5月20日刊行。

伝説の雑誌「ガロ」元副編集長が語り下ろした半生記・半世紀。 師・長井勝一との出会い、「ガロ」編集としての青春、「デジタルガロ」の顛末と「ガロ」休刊の裏側。 慢性白血病、最愛の妻の急逝、悪性皮膚癌発症、繰り返す転移と度重なる手術という苦難の中、それでも生涯一編集者として生きた理由、「残したかったもの」とは……(https://vvolfbooks.booth.pm/items/1316273より)

8.5/10.0

僕が白取さんの存在を知ったのは、エロ劇画を面白おかしく愛を込めて罵倒するブログ、「なめくじ長屋奇考録」(※リンク先アダルトコンテンツ注意)の記事だった。

このブログではクリスマスから年末にかけて、その年に出た奇想天外すぎるエロ劇画を紹介する「このマンガがひどい!」というコーナーがある。

「…すごいマンガは宝島社が決めろ。
だが、ひどいマンガはなめくじ長屋が決める!!」

という酷すぎる決まり文句で幕を開ける当コーナーだが、そのトークのゲストに白取さんは毎年呼ばれて、30年を超えるマンガ編集者の知識を(ムダに)生かしながら知見のあるコメントを添えていた。

白取さんの自己紹介はいつも決まって白血病患者で生涯ただの一編集者」というものだったのだが、あまりにさらっと言っているのでにわかには信じ難かった。
文字から伝わる、穏やかで物腰柔らかそうな人柄は、僕が勝手に思い描いた「難病患者」のイメージからは程遠かったのも要因の一つだ。
ただ、ご本人は闘病ブログを綴ってらしたので、「この人は編集者になってからずっと戦い続けてきているんだろうな」と心の中で思っていた。

やがて年末の「なめくじ長屋」にも登場しなくなり(闘病のせいだろう)、白取さんは2017年3月18日に亡くなった。最後のブログは音声入力によって投稿されたもののようだ。不定期にブログを覗いていた身からすると、その壮絶さに怖くなってしまったのを覚えている。

白取さんが亡くなって2年が経ち、彼の半生をインタビューやブログから書き起こしたものが本書『全身編集者』だ。

本書は多面的な捉え方のできる本だ。マンガ家を目指す少年期〜『ガロ』編集部で働き出す青年期のパート、妻であり白取さんが心から尊敬する漫画家「やまだ紫」との死別を描くパート、白血病を患い後進に自身の「編集スキル」をどう受け渡すかを思案するパート……青春小説であり恋愛小説でもあり、ひとりの編集者の信念を詰め込んだ職人記でもある。

伝説的なマンガ雑誌、『ガロ』の空中分解の顛末も興味深かったが、突然の脳血管の破裂によって意識不明となってしまった伴侶を看取るパートは涙なしには読めない。
白取さんは「もっと妻を大事にしてあげればよかった」と後悔の念を綴っているが、あとがきの山中潤さんは「白取さんほどパートナーを大切にした人を知らない」と書かれている。そして、それは読者にも感じ取ることができるほどだ。本書を読めば、白取さんがどれほどやまだ紫さんを愛していたのかは想像できる。
元夫のDVに悩まされながらも、娘二人を女手一つで育てながら漫画家としての道を歩んだ半生は、筆舌に尽くしがたい。

あらすじを見れば壮絶な人生であったことは推察されるが、照れ笑いまじりに半生を振り返るような軽やかな口調は白取さんらしいな、と、ネットを通じて一方的に知っていた身としては感じた。
深刻過ぎず、大げさにならないよう、本文中でも唱える「是々非々」の立場をブラさずに持ち続けていたのだと思う。

一方で編集の一切を請け負った劇画狼の「しかけ」も本書の特徴としてあげられる。
亡くなった白取さんを引き継ぎ、最終章を飾るのが劇画狼自身なのも驚きだが、山中潤の書く「あとがき」も衝撃的だ。

山中潤は赤字続きの『ガロ』を資金面や運営面でバックアップしたPCソフトの経営者で、白取さんを副編集長に任命した人の一人だ。
彼が書いたあとがきには、白取さん(現場)サイドと山中(経営)サイドから見た『ガロ』分裂の真相は全く異なっていることが示されている。
カネにまつわる、かなり薄汚い思惑が分解の顛末だったようなので、真相を知らずして逝ってしまった白取さんが少し気の毒にも思うが、白取さんから受け継いだ「是々非々」の姿勢を崩さずに、あとがきを全文収録した劇画狼の英断にもリスペクトを送りたい。

勝手にブログで笑わせてもらった一人なだけに、本書を読んで「供養ができた」なんてことはおこがましくて言えない。むしろ、これからも「白取イズム」を継承したおおかみ書房の発行する書籍をチェックすることが、いち読者としての供養になるのではないかと思っている。

白取さん、お疲れ様でした。

↑現在品切れ状態のようだが、増刷の予定はあるようだ。