海辺にただようエトセトラ

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津原泰水『ヒッキーヒッキーシェイク』(ハヤカワ文庫JA)

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2016年5月に幻冬舎より刊行された単行本を、紆余曲折の末に早川書房が2019年6月に文庫化した小説。

「人間創りに参加してほしい。不気味の谷を越えたい」ヒキコモリ支援センター代表のカウンセラーJJは、パセリ、セージ、ローズマリー、タイムという、年齢性別さまざまな4人の引きこもりを連携させ、あるプロジェクトを始動する。疑心に駆られながらも外界と関わろうとする4人だったが、プロジェクトは予想もしない展開を見せる。果たしてJJの目的は金か、悪意か、それとも? 現代最高の小説家による新たな傑作。(http://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014244/より)

9.0/10.0

軽快な文体で読ませつつも、心に残るフレーズの多い文章、キャラ立ち著しい登場人物たち、世相を反映させた物語、少し不思議(=SF)な展開……。津原泰水の『ヒッキーヒッキーシェイク』は、エンタメ小説としての魅力がふんだんに詰まっためちゃくちゃに面白い本だ。

物語のガワだけをなぞると、この小説は非常に地味だ。なんせ4人のヒキコモリを主人公とする群像劇なのだから、派手なアクションが起こることもない。

そんな彼らを、自称「ヒキコモリカウンセラー」のJJが飄々とした態度でプロジェクトに巻き込み、物語は進んでいく。プロジェクトの内容は、「不気味の谷」を越えるクオリティのバーチャル人間を創造することだ。

なぜそんなことをJJが思い立ったのかという「大きな謎」が、物語の「ヒキ」になっているのだが、この小説の優れたところは細かい箇所で「小さな謎」(例えば、癖のあるヒッキーたちが引きこもった理由など)を設置しては読者の読むテンポを落とさせない。ページをめくっていて退屈になる瞬間がなく、すんなり読める。

それでいても社会的な問題となっているヒキコモリについて、この小説は真摯に向き合って書かれている。
カウンセラーのくせに煙に巻くような話ぶりが胡散臭いJJだが、その気さくな態度ゆえか、社会との断絶を選んだヒキコモリたちは、程度の差こそあれ彼に心を許している。

作中でJJは

「とりあえずそのまま引きこもってもらった方が、僕の仕事がなくならないからありがたいよ」 

と、冗談交じりにヒッキーたちに話す。

もちろん、そういう露悪的な言い草がカウンセラーとしての最適解なのではなく、「こういったことを言っても、相手を傷つけない信頼関係を築く力」をJJが持っているということだろう。

ヒキコモリへの対応に他ならず、人間関係の構築手法において明確な正解は無い。
それでも、「自己責任」という言葉がはびこるこの国において「とにかく本人の今の行き方を否定しない」「個々の長所を的確に捉えて無理なく成長できる機会を与える」JJの姿はまぶしく映る。

いつか踏ん張り直す時が来るまでの、一つの青春のきらめきをおさめた小説だ。

【以下余談】

あとこの物語の特性上、ハヤカワ文庫に納められたことは不幸中の幸い……というよりは、結果的に最上の落とし所だったと思う。
こんなに面白い小説を売ろうとする気概のない幻冬舎の文庫に入れたところで、速攻で絶版になるだけだろうし。