海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

凪待ち

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孤狼の血」の白石和彌監督が、香取慎吾を主演に迎えて描くヒューマンサスペンス。「クライマーズ・ハイ」の加藤正人が脚本を手がけ、人生につまずき落ちぶれた男の喪失と再生を描く。無為な毎日を送っていた木野本郁男は、ギャンブルから足を洗い、恋人・亜弓と彼女の娘・美波とともに亜弓の故郷である石巻に移り住むことに。亜弓の父・勝美は末期がんに冒されながらも漁師を続けており、近所に住む小野寺が世話を焼いていた。人懐っこい小野寺に誘われて飲みに出かけた郁男は、泥酔している中学教師・村上と出会う。彼は亜弓の元夫で、美波の父親だった。ある日、美波は亜弓と衝突して家を飛び出す。亜弓は夜になっても帰って来ない美波を心配してパニックに陥り、激しく罵られた郁男は彼女を車から降ろしてひとりで捜すよう突き放す。その夜遅く、亜弓は遺体となって発見され……。「くちびるに歌を」の恒松祐里が美波、「ナビィの恋」の西田尚美が亜弓、「万引き家族」のリリー・フランキーが小野寺を演じる。(https://eiga.com/movie/89472/より)

9.5/10.0

ギャンブラーという人たちに、憧れのような感情を持つことがある。
僕は基本的にせこい「物質(消費)主義者」なので、お金を払ったら対価に見合うモノが返ってこないと支払いができない。本や音楽や映画は払った分だけ消費ができるので、お金を差し出すことができる。
その点ギャンブラーはお金を「勝負」に使う。勝負には勝ちもあれば当然負けがあるのでお金が返ってこない場合もある。というか負ける確率の方が高い
いつ勝つともわからない勝負にお金を出し続ける人たちは、すでに中毒を起こしてしまっているのかもしれない。それでも生活に「勝負」のない自分の人生よりは、彼らのそれは張り合いがあるような気もしてしまうのだ。

多作家かつ攻めた作風で、ヒットも飛ばす白石和彌の最新作は香取慎吾を主演にし、これまでの作品の中でも特に人間ドラマに軸を置いた重厚な作品だ。

香取慎吾演じる郁男は工場勤務の傍ら、うだつの上がらない同僚の「ナベさん」と川崎の競輪場に詰め掛けては、恋人のへそくりまで勝負資金につぎ込むギャンブルクズだ。はっきり言って同情の余地はない。

そんな郁男は恋人・亜弓の家庭の事情で宮城に引っ越す。そのことを告げる時のナベさんとのやりとりは最高だ。以下うろ覚えの書き起こし。

「ナベさん、俺宮城に引っ越すんすよ」
「えっ……宮城って競輪場ないよね?
「そう。だから俺はこれで競輪卒業
「えーっ!! 俺、いくちゃん(郁男)と競輪することだけが唯一の楽しみだったのにー!!

はっきり言って面白すぎる。いや、彼らの周りの人間からすれば溜まったものではないかもしれないが、会話の起点がすべて競輪になってしまうアルゴリズムがすごい。*1

そんな脱力気味のイントロを経て、亜弓の娘・美波とともに宮城に到着し、本編が始まる。
ここから展開されるのは非常に重たく、陰惨な物語だ。

ミステリ調で話は進んでいくが、ぶっちゃけ初っ端からめちゃくちゃ怪しい人が、話が進むごとに怪しくなるので犯人は速攻でわかる
それよりもこの映画のキモは、主人公郁男の徹底した人間としての弱さに焦点を当てた物語にあるだろう。

映画の主演作品に恵まれている印象がない香取慎吾だが、個人的には彼の演技はけっこう好きだ。かつて月9での「薔薇のない花屋」というドラマでの、温かみを持ちながらもどこか空虚な雰囲気を出す演技(というか素?)は、独特で華があるなと思っていた。

今作はその香取慎吾の良さを、直接指名しただけあって遺憾なく白石監督が引き出している。過度な飲酒でむくんだ顔と、肉体労働で出来上がったごつい体型も役作りの一環だろう。某事務所にいたままだったら、こんな姿をスクリーンにさらすこともなかったんじゃないだろうか(元から酒飲みみたいだが……)。
俳優としてでなく、労働者・木野本郁男が我々の実生活の延長にいそうな存在感を放っている。そんな郁男の持つ、本当にどうしようもない弱さは、嫌悪感を持ってしまうほどにリアルだ。むしろ自分自身と重なる部分もあるからこそ、「共感」よりも「拒否」が先立ってしまう。

新天地の職場でもあっさりノミ屋の開く裏賭博に足を踏み入れてしまうのは可愛いもんで、恋人が殺されて日も経っていない中ギャンブル資金を集めるために亡き亜弓のへそくりを漁る浅ましさだったり、観ているこっちがしんどくなる描写のオンパレード

はっきり言って感情移入度合いが作品の評価基準になる人はこの時点でアウトだろうけど、ここまでみっともない姿をさらけ出す生々しさこそ本作の魅力だ。周りの人間は、手を差し伸べたり呆れたりを繰り返しながら互いで支えあっていこうとする。あくまで綺麗事で終わらせない人間の姿を描ききっている。

脇を固めるキャラクターも奥行きがあって素晴らしい。亜弓の父親である勝美は今では癌を患って弱々しいのだが、多くは語られない重厚な過去があることがシーンの端々で伝わる。

ノミ屋のヤクザも令和になった今時どこで売っているのか知りたいコッテコテのチンピラファッションが眩しい。
とあるシーンで繰り出される「こうやって飲み込むから、ノミ屋言うんや!」という決め台詞は小物感も凄まじくて最高。

……というわけで普段の記事の2倍文量を勢い余って書いてしまったが、今年の邦画では暫定のトップ
身もふたもない言い方をすれば、泥臭い韓国映画好きはドンピシャです!!

*1:しかしナベさんが嘆くのも無理はない。職場で年下後輩からいじめのターゲットにされ、退職にまで追い込んだ彼をかばってくれたのが郁男だからだ。