海辺にただようエトセトラ

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天才作家の妻 40年目の真実/ The Wife

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ベテラン女優グレン・クローズが、世界的作家の夫を慎ましく支えてきた妻に扮し、夫婦の絆や人生の意味とは何かを描いたヒューマンドラマ。主人公ジョーンを演じたクローズは第91回アカデミー賞で主演女優賞にノミネートされ、クローズ自身にとって7度目のアカデミー賞候補になった。現代文学の巨匠ジョゼフがノーベル文学賞を授与されることになり、ジョゼフと妻のジョーンは息子を伴い、ノーベル賞の授賞式が行われるストックホルムを訪れる。しかし、そこでジョゼフの経歴に疑いを抱く記者ナサニエルと出会い、夫婦の秘密について問いただされる。実は若い頃から文才に恵まれていたジョーンは、あることがきっかけで作家になることをあきらめた過去があった。そしてジョゼフと結婚後、ジョーンは夫の影となり、世界的作家となる彼の成功を支えてきたのだが……。夫ジョゼフ役は「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズなどに出演するベテラン俳優のジョナサン・プライスが務めた。(https://eiga.com/movie/88376/より)

9.3/10.0

※物語の核心部分に触れていますが、予告を見れば分かるレベルの核心なので、本編を楽しむ分には問題ないかと。(「寸分のネタバレも嫌だ!」という方はご注意ください。)

まず、序盤のシーンに心掴まれる。
老夫婦が共に寝るベッドで、夫である男が砂糖菓子を夜な夜な食べながらベッドに戻る。
「糖分は睡眠によくないわ」と妻である女が諌める様子は、これが初めての行動でないことを示唆している。男は、そんな話をまともに聞きもせず自分の欲望のままにそのまま女へ性交渉を始める……。

この身勝手すぎる男の振る舞いは、(心当たりがあるにせよないにせよ)男が観るには居心地が悪い。同時に、5分と経っていない時間で端的に二人の人間を描く、この映画の緻密さに感嘆する。

翌朝、男は枕元で電話を受ける。すると自分がノーベル文学賞を受賞した知らせが来る。待ち望んでいた栄えある名誉に二人は喜ぶ。そして、夫の導きでベッド上で跳ねて二人は手を取って喜ぶ……。

おそらく予告を見てしまえば、表層的な「真実」に関してはわかってしまうだろう。
というか、ネタバレしてしまうと「妻がゴーストライターだった」のだ。

夫ジョゼフの小説(すなわち、妻ジョーンの小説)はノーベル賞の場でこう評される。

葛藤や愛などの複雑な感情を描き切った作家である

と。そしてそれは、この映画そのものを表している。

物語は過去と現在が交互に展開される。
約40年前、デビューのチャンスを編集者に勤めるジョーン伝いに得たジョゼフは、小説を書き出す。

ジョゼフより創作の才能のあったジョーンは、彼の小説の出来に落胆する。自棄になって暴れ出すジョゼフにジョーンはこう言う。「あなたの作品とあなたへの愛は別よ」と。

これがこの物語の全てであり、夫婦をはじめとする人間関係の真髄を鮮やかに表している。

ジョーンは名誉の全てをジョゼフに奪われていくが、同時に傀儡となったジョゼフは、その羞恥ゆえか家事育児の合間に暴飲暴食や浮気を重ねる。
ジョーンが三行半を突きつければ済む話なのだが、彼女はジョゼフに対する怒りを創作に打ち込んでいった。

小説を創り出せるほどにジョゼフに嫉妬心を抱いたのは、彼女の持つ愛ゆえなのだろう。
「小説も書けない無能な僕を愛せるわけないだろう」と、やたらと一つの基準を根拠に二人の関係性を嘆くジョゼフと、相手の持つ様々な要素を包括して愛せるジョーンのすれ違いは切ない。
しかし、同時に彼女の持つ博愛精神とも言えるその姿勢に胸打たれた。

そんなジョーンが密かに願っていたであろう、「ある想い」が観客とシンクロする中、ジョゼフがノーベル文学賞の受賞スピーチを行うのが、本作のクライマックスだ。
さすがに以降の展開に触れることは避けたいが、個人的にはジョーンの持つ愛の大きさと、それゆえに孕んでしまう矛盾に打ちのめされた。

わずかに変わる表情の一つ一つで全てを語るジョーンことグレン・クローズの演技が凄まじい。これから鑑賞する人は、その表情の機微に細心の注意を払って観てもらいたい。