海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

今日の1曲 #9-GEEK「Pipe dream」(2008年)

楽曲紹介は、非常に久しぶりの投稿です。
まずは下記の曲をお聴きください。 

今回は、MCのOKIとSEI-ONE、DJのEDOからなるヒップホップグループ、GEEKの2008年に発表した名曲をご紹介。

9.8/10.0

GEEKはグループ名の通り、当時ギャングスタラップが一世を風靡していたヒップホップシーンでは珍しく(?)、日常的なトピックスを取り上げて曲にしていたグループだ。

本曲が収録されているアルバム『LIFE SIZE Ⅱ』でも、鎮座DOPENESSを招いた「Bloods」ではアメリカの有名なギャング……ではなく血液型についてラップしていたりする

そんな彼らがMVまで制作した*1この曲は、グループを、そしてこの国のヒップホップを代表する渾身の1曲となっている。

切なげなコーラスの早回しとピアノのループが印象的なトラックに乗るのは、現実と夢の狭間でもがく、もう若者とは言えない男たちの苦悩だ。

今しか書けない リリックを書きたい
今しかなれない 気持ちで吐きたい
あん時には あん時にしか 見えないもの 言えない事
ノートに綴ったフロー 忘れた原因スモーク

というイントロから始まるこの曲には悲しさもあるが、それ以上に美しさが勝る。

特に、1stバースのOKIの詩情あふれる歌詞に注目したい。

「オレには夢がある」 それが10代の言い訳だった
社会勉強って言う名の 悪知恵覚えていい気になった
クラブにIDない時代 マッポも今ほど多くない
ラップがしたくてオーガナイズした パーティー赤字もしょうがない
アーリータイムのDJ 針とばしてリプレイ I did it. I did it my way

序盤ではラップをしたい初期衝動や、駆け出しの頃主催したパーティーの失敗が端的に綴られる。IDチェックもない牧歌的な時代に、クラブに通いつめラップやDJに明け暮れたOKI少年の姿が眼に浮かぶ。

もうちょこっとだけ 先延ばしにしたい夜明け
明日の予定詰まってる ヤツからいなくなってく
もっぱら暇な次の日が 忙しくなってきたたり
最後に話した日 酔っ払っていて覚えてない

そしてハイライトがバースの中盤の上記の部分。

一見するとクラブイベントの一夜の様子を描いているように見えるが、視点を変えると「音楽活動そのもの」にも捉えることができる

歌詞の「夜明け」が、「音楽活動を続けられるモラトリアムの終わり」として喩えているのならば、続く「明日の予定〜」で去っていく友人の部分は「『安定した会社勤め』などの、別の未来が決まった人間が音楽活動を降りる」ことと読める。

となるとラストの行は、自分自身は浮き沈みが激しい音楽業界で揉まれること(=「もっぱら暇な〜」のくだり)で、去った仲間と話した日すら忘れてしまう切なさを描いている。

ラッパーでなくても経験のある別れのやり切れなさを、ダブルミーニングを込め表現したOKIのリリックは、ヒップホップシーン随一に美しいラインであると思う。

もうどうでもいいと思えた時 ポジな最初の一歩 ネガな奴等は嫉妬
千鳥足 仕事に行く 昨日と同じ道を歩き
些細な変化の中 成長がちょっと見えるのなら
「オレには夢がある」 それが現在の言い訳なんだ

バースの締めも美しい。仕事へと向かう道は変わらないとしても、その道の歩み方の変化に「成長」を見出す生活をしたいという、祈りに近い言葉。
バースの頭と終わりで発せられる「オレには夢がある」という言葉が、全く同じ言葉なのに響き方が変わるのも聞きどころの一つ。

将来って言ってた時期がもう目の前さ
後悔ないって言ったら嘘になる
終わりなき旅を続けるのすら
東京の上空は曇り空

将来って言ってた時期がもう目の前さ
後悔ないって言ったら嘘になる
壊れた時計の秒針は0を指す
そんなに変わっちゃないぜ 音楽にはまっただけ

バースで散々泣かせるのに、サビは一層泣ける

音楽を続ける覚悟を持った彼らの未来が決して明るいものではないことが、「東京の曇り空」や「壊れた時計」といった比喩で表現される。

まだ知らねぇ頃 高校パーティーリハ 前夜に集合
環七通り沿いのセブン 買出しの道中 やたらと熱い気持ちを
語ったガキは見てた星空を その先想像はばら色
随分ちげぇ今の状況 つぼみの茎イバラさ未だ
息が詰まる暮らし Oh no ため息こぼれそう
目の前 現実 欲望 挟まれ押しつぶされそう
「つらいのはあんただけじゃない」泣き言いう俺に 母ちゃんの一言を思い出す
人とビルの間 雑踏 今ある幸せを噛み締める
ダチとChill 家族がいる 他に何がいる
独りじゃねぇって思えた瞬間 一人でも元気溢れてくるか
季節は巡る 冬越えたら春 なげぇ夜にも朝は来る
その繰り返しのなかで 今日の俺には何ができる
言い切れるような気持ちだけ 忘れねぇように書き留める
傷も後悔も喜びも 全部持ってく長い旅路
いつか振り返りゃ笑えるさ SEI-ONE WE ARE GEEK

続いてSEI-ONEのバース。
OKIに比べると言葉を詰め込むフロウでラップを綴るSEI-ONEは、表現はかなり直接的だ。しかし、1曲通して歌詞を見ると、むしろOKIと良いバランスが取れている。歌詞の表現の仕方にも事前のやりとりがあったような気配もある。

特に歌詞に注釈を加えることもないと思うが、「ばら色」から転じて「ツボミの茎イバラ(の道)」と暗喩と直喩が交互に出てくる比喩表現が非常にテクニカルだ。
エモさ一辺倒に終始しない部分にラッパー/表現者としての矜持を感じる。

「いつか振り返りゃ笑えるさ」と、現状は笑えていない状況であることを描きつつも、朗らかさすら感じるのは彼自身の持つ魅力によるものかもしれない。

*1:当時は今ほどヒップホップのビデオは作られていなかったし、クオリティも低かった記憶がある。