海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

音楽フェスティバルとSNS(ネット)のコミュニケーションについて

ブログでも書きましたが、今年はフジロックサマーソニックという、2大洋楽(中心の)音楽フェスに行くことができ、大変充実した夏になりました。

参加した身としては、SNSを中心としたネットでの両イベントに関する話題も当然気になる。
そんなわけで、イベント後にチェックをしていたのですが、今年はとりわけモヤっとすることが少し多く感じ、一度文章にまとめようと思いました(一方で、自戒も込めて書いています)。

特にオチを決めて書くわけでもない、駄文になること確実な文章なので、暇すぎてお時間のある方だけ読んでいただければ。

フジロックYouTube配信とチャット欄にまつわるあれこれ

今年は初となるYouTube配信をすることとなったフジロック
僕は2、3日目に行き、初日は仕事だったのでほぼ見られませんでしたが、帰宅中の電車でN.E.R.D、ポスト・マローンを見れて非常に助かりました(配信は、音が少し小さいと感じたけれど、無料ですしね……)。

そのチャット欄で目立ったのがアーティストや現地の観客への誹謗中傷だったので、うんざりして秒でチャット欄は閉じて鑑賞をしたわけだけど、後日下記のようなニュースが複数のサイトで配信されていました。

なぜ、「誰かの発言」を引用しなければならないのか

確かに、ゴッチさんが苦言を呈していたことは事実ですが、このようにさも「ネットのご意見番」的な感じで発言を取り上げ、記事にするのはいかがなものか。

この記事に限った話ではなく、ネットの記事はいつも「誰々がこう言っている」ということを取り上げて、その発言に対する反応を拾うものが多い印象があります。

一つの媒体として記事を世間に発信しているのであれば、記者の名前を出した上でその執筆者の責任のもと、「YouTubeのチャット欄の酷さ」を伝えればいいだけの話。
中見出しへの自問自答になりますが、おそらくネットのメディアは「責任逃れ」のために、このような記事の作り方をしているのでしょう。

あくまで「ネット上でこういうことがありました!」というスタンスで記事を作れば、発言主に矛先は向くでしょうが、メディアそのものが攻撃されることはない。

記事の終わりに「(後藤は)反省している様子」なんてわざとらしく記載するのも、件の発言が「問題発言」であるかのような印象操作に見えます。

ネットにはびこる、罵詈雑言に対する苦言をしなくなったら、それこそネット上のモラルは崩壊するでしょう。

ネット上で運営しているメディアこそ、今回の件に関しては誰かの威を借ることなく、

チャット欄を「日常の延長」と捉えない

これはかなり自戒も込めた内容になりますが、パソコン/スマホ越しにコメントを放り込む行為を「日常の延長」と捉えてしまうと、今回のような罵詈雑言が飛び交う事態になりがちです。

居酒屋での猥談や、テレビを囲んだ友人同士の「閉じた会話」*1かのようにコメントを書き込む人、逆に「より多くの人に自分の発言が見られること」を意識して過激な発言を放り込む人が渾然一体となって、かなり露悪的なチャット欄になったのだろうと推測します。

これまで色々な炎上ニュースを見てきましたが、中には「実際会って話せば“ユーモアのある友人”として付き合えそうだな」と思える人も中にはいました。

だからといってネットで否が応でも目に飛び込んでしまう場所に、悪感情を吐くことは褒められた行為ではない。

その言葉に批評性があるのならまだしも、ヘイトや差別感情がベースにある言葉なら、言語道断ではねのけていく意思をネットを使う限り持つべきだと思います。

サマーソニックの「ガラガラツイート」について

サマソニ開催中にツイッターでよく目についたのが、「サマソニのステージがガラガラだった」というもの。

しかしフェスは複数のステージが、それぞれのタイムテーブルで動くイベント。
ましてやサマソニは「幕張メッセ」と「ZOZOマリンスタジアム」の2会場で行われるため、移動時間などを考えると「転換直後」や「開演直前」まで人が少ないのは割と普通のはず。そのほかにも指摘したい点はいくつかあります。

タイムテーブルの改悪

さらに言えば、今回のサマソニのタイムテーブルは転換時間がやたら長いうえにアクトの被りが多かった印象があります。その結果結構な人数がアクトの開始後からの鑑賞になったと思います。

実際僕自身回ったステージは、どこもショーが始まればかなり埋まっていた印象です。

チケットがソールドアウトしなかったこともあり、確かに例年よりも来場客の絶対数は少なかったのでしょう。しかし一方でどのステージも人がパンパンで見れないような状況だったら、来場客の不快指数が強くなります。それは、興行としてはユーザー目線にない「ダメなフェス」だと思います。

「バズらせたい」前提のつぶやきは危険

サマソニは都市型のフェスとしては最大の規模を誇るフェスだけに、「ガラガラ」であることを発信すればかなり話題になります。

しかし、「ガラガラ」という言葉から受け取れるニュアンスは、「客入りが非常に悪い」というネガティブなものです。
特に、今年のラインナップは見たいものが目移りしてしまうほど豪華でした(トリのアーティストなんかは特に)ので、投稿者のいないステージで、多くの観客が楽しんでいた可能性も否定できません。

何も「ガラガラだったとか呟くのやめろ」と頭ごなしに言うわけではなく、情報を受け取る側が安易に「サマソニはガラガラだった!」とシェアしたりするのはフェアじゃないなと感じたのです。

噂の広まりは現地以外のところで広く起こっているな、と痛感した週末でした。

終わりに-「伝える」と「広める」のプライオリティ

相変わらず締まらないまとめになりますが、ネットでは「伝える」ことよりも「広める」ことが重視されてきていると、一層強く感じる晩夏となりました。*2

「広める」ことが優先されると、「真実であるか」は二の次になってしまい、今後肝心のコミュニケーション(=意思疎通)が成り立たなくなるのでは? と不安に思います。

事実サマソニの裏では、「オリンピックボランティア」にまつわる下記のような問題もネット上でバズっていました。

真偽はいまだわかりませんが、

この記事は
「女子高生のふりをした偽アカウントがボランティア参加を示唆するつぶやきを投稿した」のではなく、
「本当の女子高生が用途別に分けたアカウントで同じ内容のつぶやきを投稿していた」可能性を示しています(この記事自体が「工作活動」と捉える人も少なからずいますし、アカウントも無くなった現在では真偽については調べようもありません)。

しかしこのつぶやきを「工作活動」と指摘した投稿を、多くの著名人が拡散し、結果本人のアカウントにも辛辣なリプライが飛んだと思われます。
もしこれが本当の女子高生のアカウントで、呟きも本心からのものであれば、多くの悪意が彼女の意思を「潰した」ことになります。

僕は今回の件に関しては、該当ツイートが2人分の呟きしかスクショしていなかった*3ので、拡散をしていなかったのですが、思わぬ形で悪意に乗っかってしまう可能性もあります(実際、僕自身は五輪のボラ活動には反対の立場ですし)。

ネットは人間が使う以上「生き物」ですので、変化し続けるものです。「自分は他の人よりリテラシーに長けている」「情報の扱い方がうまいんだ」と万能感を得ている人こそ、落とし穴にはまってしまう可能性が高い。
だからこそインターネットとは、常に適切な距離をとって付き合うべきなんじゃないですかね、という主旨で今回の記事を書きました!

長文かつ駄文を読んでいただいた方がいらっしゃれば大感謝です。

それでは。

*1:厳密には、居酒屋は公共の場だけど

*2:いわゆる「ポスト・トルゥース」というヤツですね。

*3:当たり前ですが、通常こういう時の工作アカウントはもっと大量に出てくる。