海辺にただようエトセトラ

音楽や映画、本の感想をつらつらと。

ハッピーエンド/Happy End

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白いリボン」「愛、アムール」の2作連続でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した名匠ミヒャエル・ハネケが、難民が多く暮らすフランス北部の町カレーを舞台に、不倫や裏切りなどそれぞれに秘密を抱えた3世代の家族の姿を描いた人間ドラマ。建設会社を経営し、豪華な邸宅に3世代で暮らすロラン一家。家長のジョルジュは高齢のためすでに引退し、娘のアンヌが家業を継いでいた。アンヌの弟で医者のトマには、別れた前妻との子で13歳になる娘エヴがおり、両親の離婚のために離れて暮らしていたエヴは、ある事件をきっかけにトマと一緒に暮らすためカレーの屋敷に呼び寄せられる。それぞれが秘密を抱え、互いに無関心な家族の中で、85歳のジョルジュは13歳のエヴにある秘密を打ち明けるが……。「愛、アムール」で親子を演じたジャン=ルイ・トランティニャンイザベル・ユペールが、今作でも家長のジョルジュと娘のアンヌをそれぞれ演じ、親子役で再共演。「少女ファニーと運命の旅」で主人公の妹を演じたファンティーヌ・アルドゥアンが、重要な役割を担う13歳のエヴに抜てきされた。 (http://eiga.com/movie/88233/より)

 9.4/10.0

「人間の相互理解の難解さ」が、このところ映画のテーマで取り上げられることが増えたように思う。
上記のことに人が苦悩し、あるいは苦悩の果てに考えることを放棄してしまうさまをフィルムにすることで、逆説的に「わかり合うことの尊さ」を描き出す。
ミヒャエル・ハネケの最新作である本作は、一見するとかなり観る者を突き放すような作品に思えるが、主人公である老人と少女の交流を観ていると、大きな安堵感も抱かせる作品だ。

この映画におけるカメラは、非常に「突き放す」印象を観るものに与える。
「物語の転換点」のような肝心なシーンでも、カメラはフォーカスされず、まるで定点カメラのような距離感で人物を遠目に写す。

次代の社長と目され、長男で専務を務めるピエールは、自分の管轄下で起こった事故で従業員に怪我を負わせてしまう。
その事故の映像が象徴的だ。映画の中では、監視カメラの映像を用いて事故の模様が淡々と流れる。監視員の焦る声が聞こえるが、その模様が映される監視室は、ラジオ番組がBGM的に呑気に流されたままで、どこか間抜けな印象すら抱かせる。

他にもそういった撮影手法が多用される。事故の謝罪にピエールが被害者宅へ出向くと、家族と思しき男に殴打されてしまう。このシーンも、カメラがドラマティックに動くことはなく、遠目から一方的にピエールが殴られる様子が映される。
さらに言うと、このシーンが「謝罪に出向いたこと」である具体的な説明すらも特にない。それは、後々の母親アンヌとの会話でおぼろげに分かるが、説明過多な邦画ばかり観ている人には、何が起こっているのか理解しづらいだろう。

この映画は、「あるがまま」に起こる出来事を冷めた目線で捉える。まるで、他者に降りかかった災難に心が痛まないことを表すかのように。

そんな監督の意図を反映させたと思われるセリフが、家長であるジョルジュの口から漏れ出る。

庭を見ていると大きな野鳥が小鳥を物凄い勢いで痛めつけて、殺して食ってしまっていた。

その光景がショックで忘れられない。

ただ、この光景がテレビの中で繰り広げられたとしたら、「これは自然の摂理だ」と判断して、ここまでショックを受けなかったかもしれない。*1

これは言うまでもなく、我々観客に向けられた皮肉である。
他者の痛みに共感しない(できない)。だからこそトマは、幼き息子や妻がいても不倫をするし、アンヌは会社経営の後継問題にばかり意識がいき、心の不安定なピエールのケアをしない。

そのように、目の前に横たわる問題を「見て見ぬふり」をする家族に不信感を抱くのが、本作の主人公といえる二人、家長のジョルジュと13歳の少女エヴだ。

事業から退いたジョルジュは、余生をスウェーデンでのんびりと過ごしたいと家族に言うが、家族は聴く耳を持ってはくれない。次第にボケたふりや故意に自動車事故を起こすなど、破滅的な選択を選んでいく。
対するエヴも、実の父の不倫のショックからか、母親からくすねた鬱病の薬を大量摂取して自殺を図る。

そんな、生に絶望した二人が交わす想いは、映像としては非常に淡白に感じるが、大袈裟でないぶんリアルだ。上記に引用したセリフも、エヴに投げかけた言葉なのだ。

この二人がラストに作り出す光景は、客観的にはとても残酷なものに見えるかもしれない。だが、エヴのとった行動は「見て見ぬふり」をし続けた家族や、観客の我々に向けられた「誠実な態度」に思える。

このラストを観て、宮沢賢治の「眼にて云ふ」という詩の一節を思い出した。
この詩は、吐血を繰り返す主人公の死の間際を書いた詩である。そのような状況にも関わらず、描かれる本人の心情は、とても穏やかなものだ。

あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。*2

*1:一度きりの鑑賞なので、「こういったことを言っていた」というニュアンスで捉えてください

*2:全文はhttps://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/471_19937.htmlから