海辺にただようエトセトラ

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フレンチアルプスで起きたこと/Turist

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フランスのスキーリゾートにやってきたスウェーデン人家族の状況が、ある事件をきっかけに一変する様をブラックユーモアを交えて描いたドラマ。2014年・第67回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞するなど、各国の映画祭や映画賞で高い評価を獲得。日本では第27回東京国際映画祭ワールド・フォーカス部門で「ツーリスト」のタイトルで上映されている。スマートなビジネスマンのトマス、美しい妻のエバ、そして娘のヴェラと息子のハリーは、一家そろってフレンチアルプスにスキー旅行にやってくる。しかし、昼食をとっていた最中、目の前で雪崩が発生。幸い大事には至らなかったが、その時に取ったトマスの行動が彼のまとっていた「理想的な家族の父親像」を崩壊させ、妻や子どもたちから反発や不信を買って家族はバラバラになってしまう。(http://eiga.com/movie/81155/より)

 8.7/10.0

本作の監督、リューベン・オストルンドの最新作『The Square』パルム・ドールを獲得したということで予習がてらNetflixで鑑賞。
ヨーロッパ映画らしい独特のシュールな間と、ブラックユーモアが楽しめる作品だ。

冒頭のシーンが非常に良い。スキー場にいる押し売り的なカメラマンによって撮られた記念写真には、絵に描いたような幸せな家族が写されている。何が良いって「以降の展開」を考えると、この写真はとても虚像じみているからだ。
一家の長である父親のトマスは、バカンス中にも関わらず仕事の電話が鳴り止まない。だが、「電話には出ない」と言い切り、家族との掛け替えのない時間を過ごそうとしている。可愛らしい子供たちにも世話を焼き「求められている父親像」を体現することに、苦労の色は見えない。

そんな理想の「父親」あるいは「男性」像が崩れる瞬間が訪れる。バカンスが始まって間もない、とあるランチの時間に。
テラスで雪山を背景に仲良く昼食をとっていると、爆発音とともに雪山に雪崩が発生する。

これは大きな雪崩の発生を防ぐために、人為的に雪崩を起こしているのだが、その時の雪崩だけやたらと勢いが大きい。「大した雪崩じゃないさ」と余裕ぶっていたトマスも、テンパり出す周りの旅行客に徐々に戸惑い出す。
やがて雪崩がテラスにまで迫ってくる……ように見えた瞬間、トマスはスマホを持って我先にダッシュで逃げ出す。妻が子供2人を庇っていたことにも目もくれずに。この部分、俳優の演技が迫真すぎるので何度も観てしまう。爆笑必至です。

結果的にテラスに雪崩は来ることはなく、客も全員無事だったのだが、トマスは何事もなかったように席に戻ってきて平然と飯を食い出す。この部分のシュールな雰囲気は、本当にたまらない。

雪崩から子供2人という「家族」を守ろうとした妻のエバに対し、トマスは「仕事の象徴」であるスマホと自分の身を守って逃げてしまった。しかも、その非についての謝罪はない。
確かにはたから見ると、テラスには何も事故は起きていない。トマスの中では「何も起こっていないのに謝る必要はない」という結論になっているのかもしれない。
しかし、いざという時のトマスの頼りなさをエバは見過ごせない。この、僕たちの日常にもありうる絶妙さが、とにかく面白い。

以降はトマスにとって針の筵のような状況が続く。
友人を囲んだディナーの席では、下記のやり取りがある。

エバ「あなたは我先に逃げ出したわよね」
トマス「それは認識の相違だよ」

嘘をついているようには見えない。トマスの中では、まるで記憶が書き換えられてしまっている。
しかし、自分の都合のいい解釈をしてしまうことを、僕たちは笑えない。このトマスの中の「誤解」が思わぬ形で論破される瞬間のやるせなさといったら……。

劇中でトマス一家のいざこざを通して、周りの家族やカップルも改めて「家族像」を見つめ直す中盤の展開も身につまされる。
20歳そこそこの女性を連れた、かつて妻子がいた男性は彼女から「あなたもトマスのように逃げそうね(=今だって子供を別れた妻に押し付けて、若い女とバカンスに来てるじゃない)」と言われてしまい、一晩中「あの一言めっちゃ気にしてるから」と彼女に粘着する。あまりのしつこさに辟易してしまうが、これも自分の中の身勝手さと、ナイーブさをモロ出しにされているようでまったく笑えない

とは言え、これらをあまり大真面目に受け止めてしまうのも野暮で、あくまでブラックコメディとして観る方が楽しめる。
上記に挙げたカップルのいざこざのシーンも、「この映画を観ても、彼らのようにあまり真剣にならないでね」というメタ的なメッセージが込められているような気もする(という、男の都合のいい解釈かも)。

ラストの展開も非常に興味深い。トマスの号泣の果てに家族は絆を取り戻せるのか、人はどうすれば許しを得られるのか、そこまでゲンナリせずに観終えることができると思う。

最新作の『The Square』は、より皮肉が過激になっていそうで楽しみ。

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