栃木県を拠点に活動する高校生ラッパー、Itaqの4作目となるミックステープ。2018年2月10日21時無料配信開始。
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〈Tracklist〉
01.期待なんてするな (ft.かるまtheZipper)
02.10分前
03.自殺志願者 (ft.レイト)
04.ヒトモドキ・イン・ザ・スカイ
05.地獄 (ft.ゆいにしお)
06.口は災い
07.A Long Dream
08.Wild Forever (ft.番犬)
09.Ying Yang
10.Yoake
8.8/10.0
概要:作品全体の魅力について
Twitterなどで評判の高さは目にしていたが、まとまった音源を聞くのは今作が初。
いやはや、18歳にしてこのクオリティの作品を生み出せるとは……おじさんビックリです。
作品の魅力について、アウトライン的なところから触れると、
- 一貫したコンセプトを以って作品を作り上げる力
- バリエーション豊かなフロウを使い分ける意識
- 海外トレンドの取り入れ方のうまさ
といった感じで、「自己プロデュース力」が半端なく高い。ラップのスタイルや思想は全く異なるが、個人的には般若を思い起こさせる強度を本作に感じた。
不勉強のため、これまでの彼の活動を熱心に追っていたリスナーではないのだが、恐らく本作は半自伝的な内容になっている。音楽コンテストでの敗北を経て、Itaq本人の喪失や、そこから這い上がろうとする過程がドキュメントタッチに描かれている。
一方で「“半”自伝的」と書いたように、Itaqは物語の主人公を、ある種冷めた目線で捉えてラップしている。
つまり自分自身が苦悩にのたうちまわる様を、客観視の上エンタメとして切り出しており、そこには西村賢太の私小説的な味わいがある。
ラッパーは自分について言及する際、ある種自己陶酔的な世界観が展開されるが(それが魅力でもあるのだけど)、Itaqの描く世界はそういった表現よりも冷静さを感じ、フィクションとしても楽しめる。この絶妙な「距離感」が素晴らしい。
大まかな所感はここまでとして、以降は作品の中身に触れていきたい(全曲について書くと膨大な文量になってしまうため、あくまでダイジェスト気味かつ一側面的に)。
序盤:喪失感と自己反復
とあるコンテストに負け、先輩の励ましにも耳を貸さず「期待なんてするもんじゃない」と傷心を吐露するM-1を皮切りに、気になる女の子との手応えのないLINEも「自撮り目当て」でダラダラと続けるM-2と続き、冒頭からかなりダウナーな空気を醸し出している。
絶望感からの傷は癒えず、M-3以降は自死すら選択肢に浮かんでしまう主人公(奇しくも、先日若き才能溢れるラッパーの訃報があったので、この流れは個人的に非常に辛かった)、M-4では応援の言葉すらも素直に受け止めきれない自意識の葛藤が丁寧に描かれていて、聞きごたえがある。
中盤:他者を理解する努力
過去の思い出を壁打ち的に反復することで、自己回復を図ろうとするM-5、6を経て、文字通り夢心地な表題曲であるM-7「A Long Dream」に耳を向けると、少し景色が変わる。
相変わらず自意識は肥大したままだが、それでも他者との関係性に思考を向けようとする努力が見える。登場するのは、以前の曲でも登場している女の子だ。
「俺は手を握れたらそれで充分なのに」
というラインがかなり印象的で、M-2で漏らしていた
「一回くらい股開け」
という暴力的なラインと好対照になっている。いかにも「イキッたティーンネージャー」的な言い回しの後者に対して、前者の歌詞はそういったひねくれも削ぎ落とされたピュアなもので、心境の変化が伺える。
曲を一通り聞くと現実逃避的な言葉が大半を占めているのだが、
「自分のことばっかり」
と歌えるだけ、冷静さも取り戻しているようだ。
終盤:「神様の代理人」として
物語の終盤は、手探りで着地点を探していく。
この辺りは「ひたすらもがいている」としか言い表せないほど、苦悩がダイレクトに表現されている。
一足先に有名になった若手ラッパーの実名をドロップしつつも、「成功した時のifの自分」を思い描くコントラストが切ないM-9は、
答えは見つからないまま
というラインで終わる。
文字だけ追うと散々な内容だが、3連符フロウの器用なハメ方→メロディあるフックと「聴き心地の良さ」はしっかりと担保されている。
Twitterで本人とやりとりをさせてもらったのだが、本作をどう着地させて良いか分からずM-9で終わらす構想もあったようだが、踏みとどまって「終わらせ方」をひねり出す。それが、M-10の「Yoake」だ。
彼の中では、「2つの苦悩」があったと推察する。
- コンテスト敗退や、人間関係に起因する人生で感じた苦悩
- その苦悩を作品としてアウトプットするも、現在進行形の感情に「オチ」をつけられない苦悩
その両者を感じさせつつも、決して投げ出さずに生み出されたのが、最後の曲である。
安易なハッピーエンドを描かず、不可逆的に訪れてしまった夜明けに対し、気持ちをどう整理するか歌うこの曲のラップは、作品の中でもっともスキルフルで輝いている。
終わりに
本作を通しで聴くと、「ラップによって得た傷(=コンテストの敗北)」が「ラップすることによって治癒されていく」過程が見えて非常に感動的だ。
ティーンネージャーらしい黒い感情のぶっちゃけ具合や、自主制作音源の粗々しさもドキュメンタリーの生々しさとして機能していて、作品を損なう要素となっていない。
何より冒頭で挙げた通り、Itaqはイヤホン越しのリスナーの存在を忘れずに表現をしている。その誠実さに惹かれた。無料作品ということもあり、ぜひ多くの人に聞いてもらいたい。
月並みな言葉になってしまうが、今後の活躍が非常に楽しみだ。
【参考】
J. Cole - False Prophets
www.youtube.com
↑M-5のビートジャック元。