海辺にただようエトセトラ

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WHO KILLED IDOL? SiS消滅の詩

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アイドルグループ「BiS」の密着ドキュメンタリー「BiSキャノンボール」の続編的作品で、BiSの公式ライバルグループとして活動するはずだった「SiS」が、お披露目直後に活動休止となった顛末の裏側を描いたドキュメンタリー。破天荒な活動でアイドルシーンの中でも異色の存在感を放ち、2014年7月に一度は解散した「BiS」が、16年9月に再始動。過酷なオーディションを経て新メンバーが選出された。そのオーディションで落選した6人のうち4人でBiSの公式ライバル「SiS」を結成することが発表され、16年9月25日、お披露目ライブ「THIS is SiS」が行われたが、直後に結成責任者のスタッフによる「グループ活動に対しての重大な背信行為」があったとして、SiSは活動休止になってしまう。その背信行為とは何なのか、そしてアイドルとは何か、ライバルとは何かを描き出していく。(以上、http://eiga.com/movie/86033/より)

8.5/10.0

「BiS 誕生の詩」と併せて見ると8.9/10.0

これまでいくつかのドキュメンタリー映画を観てきた身としては、「果たしてどこまでが真実なのか?」という想いが常に頭にチラついていたが、いったんその邪念は取っ払って「全部真実!」というイノセント100パー状態で観ることを勧めたいです

本作はBiSのマネージメントをWACKと共同で行っている運営会社「つばさエンタテインメント(渡辺淳之介の古巣でもある)」のインターン、山下百恵さん(写真の子です)の視点を借りて物語が進む。
序盤は山下本人がナレーションを務め、シーンごとに彼女が感じた(とされる)モノローグが字幕で挟まれたりする。まず本作を観る男どもは、「男の下ネタはつまらない」という字幕と、その一連の流れを観て普段の行いを大いに反省するように

映画そのものは先の記事で取り上げた「BiS 誕生の詩」と重複する部分もある。山下もオーディションに女性スタッフとして参加していたからだ。

男だらけのスタッフの中、彼女は自身の就職をかけて奔走するわけだが、弱冠二十歳にして持っている「視点の鋭さ」「リアリストさ」に驚かされる。
それはオーディションの結果を見て、「私やスタッフに対して、“しっかり挨拶をする”といった姿勢を忘れていない子たちが合格したと思います」という感想など、様々な部分から感じ取れる。

映画中盤の、あらすじにも書かれている「事件」で、SiSはあっけなく解散となってしまうのだが、その後山下さんは姿を見せなくなってしまう。

事件以降出社していないという話を聞いた松尾さんは、「なんだよ弱いなぁ〜」「そこ食らいつかなきゃ!」とダメ出しをしていたが、松尾さんよりも山下さんに年が近い僕としては、別に彼女は傷ついたゆえにこの業界を去ったのではないんだろうな、と感じた
父親が大の山口百恵ファンという名前の由来通り、頭の片隅にあった「アイドル/芸能界」への憧れとともに、インターンにも応募したのだろう。だが一方で冷静な考え・視点も持っている彼女にとって、このある種の熱に浮かされているような「ギョーカイ」に、単に見切りをつけただけなのではという風に見えるのだ。

充分な説明もないままに解散を告げ、メンバーに土下座をし出すSiSマネージャーの清水、ギョーカイの右左も分からない女の子たちに「芸能界における不義理をした」と憤るWACK渡辺。
あの解散を告げる控え室のシーンは、立場によって見え方が様々に変わるものだろう。

一般的な企業に勤めている身から言わせてもらえば、この映画で映される清水の仕事は明らかにずさんで、最低限の根回しもできていないように見える。「仕事が回っていない」と愚痴りながらも焼肉やら飲み会やらはしょっちゅう行っている姿は、典型的な現実逃避型の人間のそれだ。

そんな人間の下でインターンをしていた山下さんは、おそらく解散以前からギョーカイへの違和感を薄々持っていたのではないだろうか。単なるこちらの深読みにすぎないかもしれないが、少なくとも僕にはそういう風に見えた。

そういった「山下さんの心の移り変わり」以外にも見所は多くある。一つは、かつての同期同士であった清水と渡辺の、その関係性の切なさだ。

渡辺のようなカリスマを持った、常人離れした人間の隣で清水はこれまでずっと仕事をしてきた。
BiSでの仕事は共同マネージャーという立場だが、実態は渡辺が出すアイデアを実行する、いわば雑用係だったのでは、と推測する。劇中で渡辺は「だからあいつ(清水)は平社員のままなんだよ」と言い放つ(もちろん、その言葉には愛も含まれているのだろう)が、どの業界に関わらず、渡辺のように頭角を表せる人間はごくわずかだろう。
悲しいまでに平凡な人間がこのフィルムを観ると、清水がこれまでに感じた思いもある程度察せられる。

だからこそ、渡辺の力を借りずに「ライバルユニット」を運営するということは、清水自身にとっても起死回生のチャンスだったのだろう。
そのチャンスすら、忙しさを言い訳に何のフォローもできなかった。解散の一番の原因は清水自身の「過去の背信行為」および「その事実を隠匿したこと」であったかもしれないが、それがなくとも彼のずさんさによって遅かれ早かれグループは崩壊していただろう

ただ一方で、世の中そんなに「できる人間」ばかりではない。特に芸能界なんて突発的な案件ばかりで瞬発力が求められる世界なのだろう。僕が「お前やってみろ」と言われたら、渡辺ではなく、清水になる可能性の方が高い。

天才の影に埋もれた凡人が足掻こうとするも、十分に足掻くことすらもできないまま潰れていく様をこのフィルムは克明に描き出している。
そういう意味ではBiSとSiSのライバル関係は、単にグループ間のそれではなく、渡辺と清水の代理戦争という色も帯びている。実際には同じ土俵にも立てずに終わってしまったのだが。

渡辺が生み出した「希望」よりも、清水の生み出した「絶望」にばかり目がいってしまう。アイドルのドキュメンタリーでありながら、「仕事とは?」「人間関係とは?」「クリエイティブとは?」を繰り返し問われているようで、胸がざわついた。*1

sunnybeach-boi.hatenablog.com

*1:一連の騒動は、正直渡辺がかなり大きな部分の絵図を描いていたのだろうなと思っているけど、まぁ野次馬根性でそこを掘り下げても野暮だろう。